手術より3年 ~子宮筋腫

つくつくぼうしが命を燃やすように鳴き響み、

そのもとで虫たちがそれぞれのうたを紡ぎ出す。

そんな頃、子宮筋腫&子宮内膜症併発による子宮全摘出手術をし、

ちょうど3年が経った。

入院前この虫たちの声に心傾ける余裕はおそらくなかっただろう・・・

退院した日の稲の色づきや野路の草花の移ろい、虫の音は今でも忘れない。

全身麻酔のショックで心臓に異変をきたした場合、他院への救急搬送をする

との同意書も書き、この手術をすると決めた時、死を覚悟した。

内臓提供意思カードなどを家族に預け、処方されていたニトロを医師に預けて

手術に臨んだ。「その時」用の写真を自分撮りまでしていたのだから~(笑)

 

一年前の記事を読み返すと、筋腫発見~術後の経過まで事細かく記してあった

のでこの一年の振り返りでもしようかな、と。

 

そうそう、そういえばちょうど一年前の今頃、もうちょっとだけ前かな?

「介護福祉士」という国家資格にしては自分自身にとってあまり意味のないものの

申し込みを済ませ、筆記試験の勉強を始めたころ。

得意の「テキストや問題集を必ず一日に一度開く」というゆる~い目標だけを

掲げて取り組んだ(といえるのだろうか?)。

介福に興味のある方は右枠のカテゴリ「介護福祉」を読み耽ってみてくださいね。

 

身体の方はと言えば・・・

痛みや出血、おりものなどの不快症状は何一つなく、月のものもなくなり

貧血症状とも縁が切れ、とっても快適な生活を送っていた。

傷跡も割と綺麗と言いましょうか、もちろんどこをどう切ったかくらいははっきり

とわかるけど、ビキニを着ようと思うわけでもなければさして気にはならない程度

とでも言いましょうか。

ただいつごろからか意識していなかったけど更年期症状があらわれ、

というのか(これが世に云うアレかな・・)、とでもいうのか??

頭痛、めまい、動悸、イライラ、異常発汗、倦怠感、などの諸症状が一気に

やってきた。最近はCMでも流れるほどメジャーなものとなり、世に認められる(?)

ようになったけど、昔々の女性はきっと辛い思いをしたのだろう、などと思ったりも

する。

時に反抗期の頃のように意味なく人を傷つける言動をしたり、乙女の頃のように

突然ハイテンションになって周りを驚かせたり・・・

それが果たして更年期障害の症状なのかどうかまでは不明なんだけど。

ま、それは手術とは関係なしに現れる症状なのかもしれない。

そんなものとうまく付き合いながら(周りにとってはいい迷惑かも)、

肉体労働とも精神労働とも言われる介護現場での仕事も3年めに入った。

特に「ヨッコラショ」と介助しても傷に響くというようなことはこの仕事を始めた

当初からなく、むしろ生理痛で苦しむ職員より健康体な私ではないかとさえ思う。

腰痛なども年相応な感じで、さして云うほどのことは何もない。

今、手術をしようか温存しようか迷ってここを訪ねた方にお伝えしたいことは

私の場合、手術してよかったということ。というのも、今も「切腹仲間」とランチ

しながら術後の経過を聞くといまだに痛みや出血、おりものなどと闘っている人も

いる。それは手術の失敗ということではなくやはり体質的なものもあるのかも

しれない。できれば温存した方が良いに越したことはないのでしょう。

信頼のおける医師と出会うこと、どう選択したにしろ自分の身体と一生つきあう

覚悟をすることが大切なのかもしれません。

もしよかったらコメントくださいね!

って、私はいったい誰と話そうとしているのでしょうか??

そう、私はこの3年を振り返り、そこと話せばいいだけのこと、でした。

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手術から2年・・・

そう、もう忘れかけてたけど子宮筋腫の手術から昨日でちょうど2年が経った。

子宮筋腫と云うものは3~4割の女性がかかるといわれているものらしいけど

きっとくたびれた身体の中にできるおできのようなものなのだろう。

エコーなどという機械が一般的になるよりもずっとずっと昔から女性は

そんなものと上手くつきあって来たに違いない。

以下、子宮筋腫で悩む方のために・・・・・・・

 

思えば2年半ほど前、出血量など生理の様子に大きな変化が見られるようになり

朝、目が覚めると天井がぐるぐるまわって起き上がることすらできない状態に

なってしまったことが手術のきっかけとなった。

子宮筋腫は30代後半に受けた子宮頚部がん検診で見つかった。

それからは一年ごとのがん検診のたび筋腫の存在を指摘されていた。

最初に子宮筋腫が見つかったときにはすでに3~5cmほどのものがいくつか

触診で触れたため即受診することを勧められたけど放置していた。

それでも徐々に筋腫が育っているとみえ、その存在を四六時中実感させられる

ようになってきたため、いよいよ信頼のおける医師を訪ね定期的に経過観察を

することとなった。

2年半前の半年ごとの検診時には貧血もかなり進み、処方されていた止血剤も

全く効かないほどの出血量だった。エコー等の検査で子宮内膜症も併発している

ことがわかった。

先に書いたとおり、体調の急激な変化により検診予約を待たずに受診したところ、

私の返事を聞くまでもなく半ば医師の命令のように手術することが決定した。

 

以下に2年数か月前の記事を・・・・・ 

ちゃんと話すね 

 

(ちなみにページ内のオレンジ色の文字はすべてそのページへ飛びます)

 

カテゴリー「子宮筋腫」で一連の経過~入院時の詳細、術後について

その時々を詠んだ短歌を記してある。

 

術前のころは一般企業の事務員として働いていた。

術後に日本の景気が急激に落ち込み会社は倒産し、解雇となった。

体調を戻しつつ仕事を探すもこの年齢で無資格な私に職はなかった。

職安の相談ブースの壁に貼られたチラシにふと目をやると

国の緊急雇用対策として福祉人材確保政策によるヘルパー2級講座の

募集のお知らせがあった。

これからは老人福祉だなぁ、資格も魅力だし・・・なんて思いつつ読んだ。

そんな折、昔、看護助手時代に一緒に働いた看護師さんとバッタリ会い、

今は介護施設で働いている、遊んでるなら手伝ってほしい!と言われたことが

大きな転機となって先の講座を受ける決心をしたのが1年半前のこと。

3か月で修了し、ちょうど1年前から介護の仕事をしている。

これと子宮筋腫の手術とがどんな関係があるのか??

そう、私のブログを訪ねてくださる方の検索キーワードに時折

「子宮筋腫 手術 肉体労働」

とあり、おそらく手術後に肉体労働ができるかを心配されているのだろう

と思いこの記事を書いている。

術前事務員だった私が術後介護の仕事をしていることを母はいつも心配している。

けれども仕事上腰痛はあるものの手術の影響はほとんどないと言える。

 

またほかにも

「子宮筋腫 20cm」

というワードもとても多く、また

「子宮筋腫 写真」

なども多いためこれから手術をと思いつつ思案している方のために

娘が撮ってくれた子宮の写真をmixiに掲載した。

http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000035886154&owner_id=19482283

かなりグロテスクな写真となっておりますので

合言葉の入力が必要な設定にしました。

興味本位という方の閲覧はご遠慮願います。

合言葉はmixiのメッセージにてお問い合わせください。

(今現在はmixi退会のため記事も消滅しました)

 

子宮筋腫は閉経とともに徐々に体に吸収されていくものでもあるため、

閉経に近いと思われる方、または卵巣のエコーで卵子の様子を医師に

診てもらって閉経の時期が近いのか遠いのかをきちんと判断してもらって

手術に臨むかどうするかを判断するのが良いかと。

 

もしよかったらコメントくださいね!

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白花がたったひとつ・・・突然変異??

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手術より一年・・・

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花にらとイチモンジセセリ

 

子宮筋腫の手術から一年が過ぎた。

仕事に夢中ですっかり忘れ去っていた9月9日。

思えば激動の一年だった。

術後2カ月で会社が倒産し、職安を通じて仕事探しをしていた時に出会った介護職。

国の緊急雇用支援として無料で受けた介護の勉強は厳しさもある中、

思いの外楽しかった。

何十年か振りで学生時代に戻った3カ月間はとても有意義で私の人生にとって

かけがえのないものとなった。

同じ目標を持って共に勉強し、家族よりも長い時間を共に過ごし、同じスタートライン

に立って介護職の悩みなどを打ち明けられる仲間ができたということは

人生の宝物だろう。

こんなことになろうとは1年前の手術の時には考えも及ばなかった。

 

術後はまったく何の異変もなく、傷が痛むようなこともない。

子宮筋腫、子宮内膜症による生理時の大出血がなくなったため体調はとても

よくなった。でも手術のせいか全身麻酔の関係か体力がずいぶん落ちたように思う。

疲れやすくなった。ま、単に年のせいなのかもしれないけど・・・。

 

今はまだ歩き始めたばかりの介護の仕事。

きっと1年後には一回り大きくなった自分がいることだろう!

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備忘録~ 入院9日め(術後7日め)~退院

09.9.16(水) 晴れ

本当はこの日退院しても良いと言われていたけど、日がらが良くなかったので

当初の予定通りとなったということは昨日の日記にも書いた通り。

6:00 起床 朝食前に体重測定をしてみた。入院時より5kg減のまま! 

7:00 朝食

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ご飯 200g、味噌汁(白菜、油揚げ)、笹かまぼこ、ほうれん草の磯和え

(ほうれん草、人参、海苔の佃煮)、早生みかん、牛乳

625kcal 蛋白質24g

笹かまぼこは悪阻の人たちにも案外食べやすかったと評判だった。

 

8:45 退院診察、抜鈎

     内診。膣と子宮の繋がっている部分を切り離し、膣の先端を縫合して

     あるためその部分の状態を確認。異常なし。

     抜鈎とは抜糸と違って糸ではなくホチキスのもうちょっと太いもので

     切った部分をとめていたのでそれを取り除いた。全部で20個。

     ホチキス状のものの写真を撮らせてもらえば良かったとあとで思った。

     取り除く前にお腹に貼ってあった防水のテープを一瞬で剥がしとり、

     もっと痛いかな?と思っていたけど案外どうってことなかった。

     ホチキス状のものはヨードチンキを傷口に塗ってから大きなピンセット

     みたいなもので取り除くんだけど抜糸なんかよりも痛みを全く感じること

     はなく、ただ取り除いている途中に院内のピッチが掛ってきて電話しな

     がら半分気がそっち行っちゃってるのかお腹の傷を一緒につまんじゃっ

     たり抜く角度がちょっと引っかかりを感じるような・・・先生、電話終わって

     から抜いてくれればいいよ、と言いたかった。

     無事に終わってほっとして病室に戻る道すがら(5mほど)、

     「ん?もっとツッパリ感がなくなるはずじゃ?」

     と思い、看護師さんに質問。そのツッパリ感はおそらく中の傷の糸が

     溶けるまでは残るだろうとのことでした。そっか、そんなもんか・・・

     抜鈎したらなんだか傷が裂けるような気がして咳払いやくしゃみができず

     できるだけ避けるように咳が出そうになると直ぐにお茶でのどを湿したり

     くしゃみがでそうになると鼻をつまんだり、バスタオルで鼻と口を覆ったりと

     腹圧が掛るのを極力避けていた。今こうして書いてる時に5回ほどくしゃみ

     が出たけどやはり腹圧が掛らないよう心がけてしまう。まだちょっと怖い。

     頼んであった診断書が出来上がったというので1階にある窓口に取りに

     行った。階段を使って行ったけどだいぶ楽になったように思った。

9:30 主治医回診

     青い分厚い入院カルテを数人分カートに乗せて二人の医師がやってきた。

     ちょっと手術のことなど事細かに聞こうかな~、なんて思っていたのに

     「気をつけて退院!」の一言だけだった。あれ?そんだけ??

     一緒に来られた看護師長さんに

     「先生、冷たくないですか?ま、相変わらずですけど・・・それにしても

     初めての回診で一言はないですよ~」

     とグチッておいた。

12:00 昼食 残り少ないこの上げ膳据え膳のありがたき食事もあと3回かと

     思うと残さず食べなくちゃ、とか思う。

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ご飯 200g、クリームコロッケ(カニ)、うざく(うなぎ、きゅうり、酢生姜)、

のっぺい風煮物(里芋、椎茸、人参、大根、小松菜・・あんかけ)

745kcal  蛋白質21g

 

13:00 シャワー その後、体温と血圧測定

      体温37.0度 BP118/82 シャワー直後で体温も血圧もちょっと高め

 

午後は退院の準備。今晩までに必要なものだけ残してあと要らない荷物は

今日少し家へ持って行ってもらおうと仕分けしたり着て帰る物の皺をちょっと

伸ばしておこうなんて思ったりしながら、ふと退院の目途の立たない同室の

人たちのこともちょっと気にかかって途中でやめてしまった。

それでも悪阻の人たちはいつかきっと嘘のようによくなって退院して行くんだろう

けどもう一人のおばあちゃんは食道から腸まですべての検査を半月の内、毎日

のようにしながら溜まっていく腹水を抜いたり温存したりしながらその結果をひた

すら待ち、退院したい、家に帰りたいと呟く・・・。ちょうど義母と同じくらいの年代

なので余計に気がかり。

18:00 夕飯

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ご飯 200g、厚揚げ肉詰め、海鮮ビーフン(キャベツ、ピーマン、赤ピーマン、

えび)、即席漬け(小松菜、かんぴょう、ふじっこ昆布)

653kcal  蛋白質28g

最後の夜は眠れなくてもいい、と安定剤はもらわずに寝てみることに。

やはりなかなか寝付けない。同室の人もみんなそれぞれに寝返りや小さなため息

などが聞こえてくる。眠れないんだなぁ・・・。時計を見るたびあまりに進んでいかな

い針についため息をつきたくなってくる。それでもうとうとしている時間もあったのだ

ろうけど。入院最後の夜のことは前にも書いたと思うけど、毎晩お産があって分娩

室に一番近い部屋だった私たちはいつもバタバタに悩まされていた。

先に書いたおばあちゃんもまた眠れなかったようで夜中にうなされてベッドに

つかまってガタガタ震えたり・・・検査続きで退院の目途も立たず入院疲れが出て

しまっているんだろう。

 

紫のまだ明けきらぬ東窓あらゆる空を飛びゐしツバメ

やはらかき真白きベール霧の森声のみぞする姿はいづこ

ビードロの紅透きとほり秋の陽はほほ笑む君のやうにたゆたふ

秋津とぶ色なき風を刺し綴る夕の調べを指揮せむ如く

様々な人間模様垣間見たこの十日間に今夜ピリオド

 

09.9.17(木) 晴れ

それでもなんとか朝はやって来るものでついに退院の日はやってきた。

見飽きた病院食の最後の写真をあげておきましょう!

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ご飯 200g、味噌汁、ししゃも、キャベツの煮浸し、ヨーグルト

家に帰ればこれだけの食事を誰か作ってくれるということももうない。

とても有り難くかみしめて頂いた。美味しかった・・・。

しかし大好きなししゃもにも身体は拒否反応を示すのか、アレルギーは

一気に全開!両二の腕、腕、ひざ、脇~背中に発疹が広がり見る見るうちに

広がり繋がってゆく。悪阻の友に笑顔で見送ってほしかったのでにおいの強い

かゆみ止めの薬を塗るのは限界まで我慢してみた。それでもかゆみと闘ううち

に発熱がしてきたのでやむ無く塗ってしまった。

かゆみ自体は退院3日ほどまでで治まったけど発疹はいまだ皮膚の奥に赤紫

の痣のように残っている。おそらく徐々に薄くなって消えて行くのだろうけど。

ひとりめを出産した後(22年前)も全く同じ状態だった。出産、手術などをきっか

けに体質に大きな変化があらわれるのだろうか?

 

入院手続きの窓口に会社や保険会社に出す書類を出しに行き、

入院費用の請求書をもらった。会社の女の子が急いで手続きしてくれて

高額医療の限度額適応認定証というものを退院に間に合わせてくれたので

10日間の入院と手術の費用で自己負担額は9万円だった。入院時には一切

お金は持っていかなかったので病院のATMで降ろして支払いを済ませた。

 

10:00 夫、義母が迎えに来てくれて無事退院となった! 

 

たった10日間だったけど抗ガン治療、帝王切開、悪阻、検査入院・・・

たくさんの方たちと同じ時間を過ごし、たくさんの話をし、お見舞いに来る方などを

含め様々な人間模様を垣間見たというのか人生の縮図というか入院生活というの

は色々と考えさせられる時間だった。病から学ぶこともあるものだ・・・。

病院というのは病気を治す場所ではあるけど長くいれば居るほど心が病んで行く

場所でもあるように思う。決して長居する場所ではない。とはいえ目途の立たない

入院生活をやむなく過ごさざるを得ない人たちの方が実は多いのかもしれない。

そんな中でも救いはベビールーム。入院時たった2人だった赤ちゃんが退院時には

ついに13人にまで増え少子化とはとても言えない満杯状態だった。お産の人は病人

ではないので個室以外の人はどんどん元気になって赤ちゃんを連れて幸せいっぱい

で退院していく。日本中の病院がこの病院のようだったら少子化は過去の話になる

のにな、などと。

 

来週28日から仕事復帰するため今日は5カ月ぶりに美容院に行ってすっきりした。

術後初めて車の運転をした。今まで運転をしたいと思わなかったけど、そろそろ

慣れておかなくちゃ仕事にも行けないし・・・ま、案外どうってことはなかった。

買い物もついでに済ませ重い荷物もついに持ってしまった。こんな風にある日

突然すっかり元に戻るものなのだ。それが健康というものなのかもしれない? 

 

長い長い入院日記を読んで頂きありがとうございました。

過ぎてしまえば忘れてしまっても良いようなことがほとんどなのでしょうが、

子宮筋腫と告げられた方、手術を勧められて迷っている方にわずかでも参考に

なる部分があればいいなと思う。

思えば子宮筋腫とは長い付き合いだったけど、手術すると決めてからはあっと

いう間だった。毎月の月の日の辛さを考えれば思い切ってやってよかったし、

きっとこれから先にそう実感するんだろうと思っている。

 

このところ里の景色は変わらねどその吹く風に深む秋知る

初物もただ坦々と食べすすむ病院食の青きミカンよ

病室の気を浄化せし見舞い花刻一刻としなだれてゆく

人生の縮図のごとき病室の人流れゆく時の狭間に

さまざまな愛を抱きしめ病棟は二十四時間うごめいている

秋の陽はなんてやはらか一枚の絵画のやうな今朝の窓かな

 

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備忘録~ 入院8日め(術後6日め)

09.9.15(火) 雨

6:00 起床 安定剤を夕べ23:00に飲み、5時間で切れたので4時からずっと

     朝を待っていた。待っていた朝というのもさして珍しい朝ではなかったけど。

6:35 採血 何もこんな早朝に採血しなくっても・・・検査室が混まないうちに?

     ってまだ検査の方も出勤しないんじゃ?早朝血の値が肝心なんでしょうね。

     って勝手に納得。

     体温36.7度、BP106/68 脈拍75(久しぶりに測定したような気がする)

7:00 朝食

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ご飯 200g、味噌汁(白菜、油揚げ)、あさり佃煮、

切り昆布の炒め煮(昆布、人参、油揚げ)、牛乳

680kcal  蛋白質23g

 

9:30 先に退院した友が受診の前と後に訪ね退院後の様子を聞かせてくれた。

     家に帰ってしまうと家族に期待されてつい動き回ってしまい出血してしま

     うと言っていた。そっか、極力私はまだ動けないぞというアピールをした

     方がよさそうだ、ということを学んだ!とんだ入れ知恵??イイノ、イイノ。

      

     段々書くこともなくなってきた・・・というほど退屈にもなってくる。

 

12:00 昼食 

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ご飯 200g、ボイルウインナー(しめじ、にんじん、椎茸、ピーマン、ウインナー)

カミカミサラダ(胡瓜、人参、大根、胡麻、さきいか?)

ミネストローネスープ(なぜかスパゲティ入り)

りんご

718kcal 蛋白質25g

カミカミはなんだろう?と思いきやどうやらさきいかのようだった。

へ~!とは思うけど、なぜ?とも思った。

なぜかスパ入りのミネストローネもちょいと疑問。炭水化物攻撃?

珍しい麺類ではあるのでご飯の方で調節することにし、2割のみ食べた。

もったいない限りでありますが・・・・。

 

13:00 シャワー 

毎週火曜だけ隣の市の病院から助産師さんが助っ人として来ることになっている。

その日はお産も入っていなかったし、昔、一緒に仕事をした気心知れた方なので

午後はず~っと長話。

入院中に歩いて体力回復させることは大切だけど、効果的なのは階段の上り下り

だよ、ということだったのでおしゃべりが済んでからさっそく実行。結構きつかった。

院内というのは段差が何処にもないけど家の中は段差だらけだからそれに対応

できるよう足腰の力をつけなくちゃいけない、と。なるほど専門家は奥が深い!

 

18:00 夕飯

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ご飯 200g 

さわらの風味

漬け焼き

五目煮豆

酢のもの

 

635kcal

蛋白質 24g

 

 

 

夕飯を食べながら同室の友とおしゃべり。

さきいか、セロリ、ふじっこ昆布を適当な大きさに切ってタッパーに入れ

半日くらい置くと一品できるよ!と教わったので書き留めておいた。

そんな切るだけ、混ぜるだけ、みたいな一品大募集・・・だったけど、

なにせ悪阻の人たちからはあまり積極的に食べ物に関する話は聞き出せなかった。

 

21:00 消灯

実につまんない日記となって参りましたね・・・・・書いててもかったる~くなってきた。 

 

なだらかな遠き山々狭霧抱き墨の絵のやうに淡く仄めく

しとと降る雨に打たれし白萩の枝たをやかや花もたわわに

雨残る窓に滲みし街の灯のかすかに揺れて秋の風見ゆ

ひと雨がひと秋つれてやって来て街に里にとそっと置いてく

その昔敬老の日って決まってた「の日」の意味など考えている

 

この日の歌を読み返してこの日が雨だったことを知る。

やはりどんな些細なことも書き留めていかないと忘れ去ってしまうな・・・ 

 

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備忘録~ 入院7日め(術後5日め)

09.9.14(月) 晴れ

6:00 起床 体温36.2度

     安定剤の力を借りたにせよ初めて6時間半の睡眠を得る!

     すっきり感たっぷりの朝でした。

7:00 朝食

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ご飯200g 

おひたし

(白菜、小松菜、

シーチキン、胡麻、

おかか)

しそ巻き

牛乳

572kcal

蛋白質22g

案外カロリー高い?

 

ま、ご飯の量以外は朝ってこんなもんかな、という感じ。

朝、主治医が部屋を覗き、

「痛いのはガマン!」

と言いながら立ち去りそうになったので急いで引き留め、

「残念ながらもう痛くありませんよ、先生(得意げ)」

「お!そうか?じゃ、あさって退院な!」

え~、予定より一日早く?わ~~い!!大喜びするも部屋のカレンダーを見れば

「仏滅」の文字が。私は今までの人生厄年なども気にしたことがなかったけど

義母の顔が浮かんだらなぜか勝手に気にしてしまって当初の予定通り、翌日の

17日を退院日とする。あとあと何かあるごとに言われちゃいそうだったしね~。

看護師長さんより退院指導あり!

*退院後一週間は入院生活と同じように寝たり起きたりの生活をしながら徐々に

  元の生活に戻しましょう。

*退院後診察までは浴槽に浸かるのはやめておきましょう。

  公衆浴場も性交渉もダメ。

*車の運転は長時間に渡らなければ差し支えありません。

*重いものを持つのはお腹に負担がかかるので止めましょう。

*職場復帰は退院後一か月ごろとしましょう。

*退院後に生理2日目くらいの出血があった場合、38.5度以上の熱が3日以上

  続く場合、お腹の激痛があった場合は様子を見ないで救急外来でも

  よいので診察を受けましょう。

などの注意事項を聞いた。退院した翌週の月曜日から仕事復帰するつもりだった

けど会社に一週間延長をお願いした。実際身体はそんなに早く復帰できる状態で

はなかった。

 

12:00 昼食

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ご飯 200g

豚カツ

サラダ

(レタス、ハム、

人参、胡瓜)

煮物

(じゃが芋、人参

厚揚げ)

サマーオレンジ

856kcal

蛋白質 28g

ものすごいカロリー!日に日に上がっていくような気がする。

もう寝てないで体をどんどん動かしなさいよとの無言の忠告のようだ。

そうはいっても一万歩歩くわけにもいかないし、院内は広いようで狭いので

やはり摂取カロリーを抑えるのが手っ取り早いとカツの衣を丁寧に剥がし、

更に苦手の脂身を取り除いてわずかなカロリーダウンを図った!

 

診察も下火となり面会時間の始まる前に売店にリップクリームを買いに行った。

家に置いてきてしまって在り処もわかってはいるんだけど説明が面倒だったので

思わぬ出費ではあったけど・・・。

あの病院には売店前にちょっと珍しいドリップコーヒーの自販機がある。

通院時は必ず帰りに買って帰っていたけど、入院中はその前に立ち止まって

飲みたい気持ちと闘いながら退院したら・・・と我慢していた。あれはウマイ!

午後は歌など捻っていたかな・・・・忘れた。 

 

16:20 シャワー

18:00 夕飯

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ご飯 200g 

厚焼き卵

(わかめ入、

おろし添え)

茄子味噌煮

白菜のスープ

胡瓜ぬか漬

624kcal

蛋白質22g

 

あとは寝るだけの場合こんな食事は理想的!

 

21:00 消灯となるが、カーテンの中で密かに今夜だけはとTVを観た。

      「ブザー・ビート」というちょっと珍しいバスケのドラマ。

      息子が観ていたのでつい主人公の恋の行方が気になって。

抗生剤、貧血の薬、安定剤を飲む。薬漬けのワタクシ~。

 

立ち去りぬ人が心に置く歌は秋の陽の中やさしく揺れる

小鳥来ぬほつえに朝の風つれておのおの歌ふそれぞれの歌

痛みなきことの喜びこの上なし今望むこと何ひとつなし

良き歌は授かりしもの無防備なわれに天より降りて来るもの

失ひしものは戻らずおとなひしものは拒まずわが糧とせむ

 

   

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備忘録~ 入院6日め(術後4日め)

09.9.13(日) 晴れ

体温36.6度 血圧ももう測定を忘れられるほどとなった。

外の傷はほとんど痛むことはなく、中の傷の引き攣れ感のみ残る。

ベッドの上で正座して友人に手紙を書き、病院の外にある売店の向こうのポストに

出しに行った。入院して初めての外気に触れた。日曜なので外来患者はなく、

インフルの危険性も低いかな・・と。

AM3:30に安定剤を飲んだので10:00くらいまで眠かった。

朝食前に体重測定をしてみた。入院時の測定から5kg減っていた!

何とかキープして退院して見せる!!と心に誓い、楽しみが一つ増えた感じ。

 

7:00 朝食

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ご飯 200g

味噌汁

納豆

味噌ヨーグルト和え

牛乳

 

625kcal 蛋白質21g

 

毎回ご飯の量が多いので減らしてもらうよう訴えるけど受け入れてもらえず・・・。

これはしっかり食べてその分動け!とのことだろうと思ったけど胃拡張だけは

避けたいし、5kg減の体重もキープしたいし。

結局ご飯は7割のみ。

 

11:20 シャワー

12:00 昼食

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ご飯 200g

(相変わらず)

サーモンステーキ

もやし梅肉和え

かき玉汁

マスカット

580kcal 

蛋白質24g

 

これはご機嫌なランチだった!やっぱり魚が好きだなぁ~♪

なんていって・・この夜背中に蕁麻疹(じんましん)が出て、ナースセンターへ

行き塗り薬をもらう。抗ヒスタミンだと思うけどさすが病院の薬。一塗りで

激しいかゆみがスーッとなくなった。これはお宝の薬!ケチケチ使わなくちゃ、と。

やはり魚に反応したかな・・・。アレルギー体質だから仕方ない。

 

14:00~ 家族の見舞いでしゃべりまくり疲れた。

18:00 夕飯

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ご飯 200g 

宝袋

(豚肉、野菜含め煮)

南瓜煮

かぶの和えもの

 

750kcal 

蛋白質20g

 

 

 

栗カボチャでほくほくしてて甘く美味しかった~。

この宝袋はいつか家でもやってみよう!じんわり美味しい。

なんだかどんどん元気になってきて病院食で家ごはん用のメニュー研究など

したりして。私ってやっぱ元気だよなぁ、としみじみ思う。

夜は抗生剤(フロモックス100mg)、貧血の薬(フェルム305g)、安定剤

(マイスリー5mg)を飲む。

朝まだき露に彩へる草の花あまりてなどか心澄みたる

息災は云ふに及ばずさればとて病に学ぶことの多かり

この高き空に心を投げ上げて行方見つめて過ぎる秋の日

おのおのがしばし耽りて物思ひ空調のみの午後の病室

本日は日曜お見舞いラッシュにて笑いっ放しが傷のリハビリ

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備忘録~ 入院5日め(術後3日め)

09.9.12(土) 曇り

6:00 起床 看護師さんがあいさつしながら一人一人のベッドの周りのカーテンを

     開けて行く。それまではおとなしくしてしてるけどたいていいつもその時間を

     待ち望んでいる。

     硬膜外麻酔が昨日で取れてから徐々に中の傷が痛みだし、寝ても起き

     ても座っても歩いてもどうしていても痛くてたまらず朝から痛み止めを

     お願いしていた。それでも何していても痛いなら何かしなくちゃ気が紛れ

     ないので、いつものように顔を洗ったり、用を足したり、朝昼夕に配られる

     日本茶の水筒を洗ったりして過ごす。

7:00 朝食

090912 

ご飯 200g

味噌汁

おろし和え

高野豆腐含め煮

牛乳

619kcal  

蛋白質23g

ご飯を7割くらいと

おかずを全量

食べる。

 

      今朝から抗生剤の錠剤を毎食後三回飲むよう処方される。

      同室の一足先に手術をした方が退院して行った。まだ痛そうだったけど

      私服に着替えた表情はもう病人の顔ではなかった。私も早く素敵に退院

      してゆくのだ!と心に誓った。

10:00 ロキソニン(痛み止め)をもらう。だいたい30分ほどで効いてくるので

      効いてるうちに少し寝ようと思い、夜寝ずに昼間からぐ~すか寝ていた。

11:20 初シャワー! シャワールームの入り口に予約ボードが設置してあって

      前後に予約の入ってない枠で食事にさし障りのない時間を朝予約して

      おいた。 初シャワーはどれだけ手間取るか分からなかったので

      お昼前の誰もあとに予約のない枠を選んだ。一枠は20分。

      傷の部分は防水テープで覆われているので全く見えなかった。

      シャワーも多少ぬるめで弱めに出したので傷に障ることもなかった。

      やっぱり全身洗うとすっきりする~!

      それにしても鏡に映ったお腹は20cmもの物を取ったにしてはさほど

      凹んだ感じもしないんだけど・・・どうして??

      あとで看護師長さんと話す機会があって質問してみた。

      師長さんも子宮がんのため摘出手術を受けた経験があるそうで、

      摘出した部分は腸や膀胱が陣取るので空洞のままということは無い

      ということで、結局は今まで押されていた部分が在るべき状態になる

      だけのことだからお腹が引っ込むことはないそうだ。残念・・・

      お腹の中の傷も外の傷のようには早く完治しないそうで、お腹という

      ものは三層になっていて一層ずつそれぞれ縫い合わせていて、それ

      ぞれが溶ける糸で縫ってあるので一ヶ月くらいは引き攣れ感が残る

      のだそうだ。そりゃ痛いわけだ・・・

12:00 昼食

090912_2 

ご飯(エビピラフ)

200g

チキンカツ 

野菜のスペイン風

トマト煮

バナナ

864kcal 

蛋白質25g

 

急にカロリーアップでビックリ。

寝ているだけなのにこんなに食べたら大変だ!ということでご飯は3割のみ。

チキンカツも衣を取り除いて苦手な鶏皮と脂身は取り除いて食べた。

午後やっと便通があった。6食分がお腹に溜まっていて正直辛かったけど、

なんでも薬を使って対処というのもためらわれたので様子見をしていた。

自然にその時を迎えてホッとした!

全身麻酔というのは身体に多大なストレスを与えるらしいので余分な薬は

もう使いたくはなかった。私の身体はものすごいスピードで快方へ向かっていると

信じて。

午後になっても痛みがぶり返してこなかったのと洗濯物を家族に渡しそびれた

こともあって病院に設置してある洗濯機と乾燥機を回してみた。TVカードで

使用できる。各200度数。ま、コインランドリー並みなのかな、と。

もともとTVは観ないんだけど退院して行った友がくれたので使ってみようかな

という気になった。

午後は短歌などを捻ったりして過ごした。一向に痛みが来ない。いい感じ!

 

医師、看護師がお産や急患などのない時はひとつひとつの部屋を回って

雑談に花を咲かせる。おそらく患者さんの気を紛らわせるためと、コミュニケ

ーションの一環だろうとは思うけど。自分の時間というものがあっても良いのに

と頭が下がる想い。でもそんな貴重な時間には質問攻めにするという私の悪い

癖も発病する。

同じ子宮を取った仲間でお腹を開いてみたら卵巣も腫れてたので一緒に取った

という方はどうして腫れてしまうのか??腫れている中身はどうなっているのか、

など。卵巣の中を調べると髪の毛や爪などが入っていることが多いらしい。

それは何かと言うと口や鼻から入ったものが卵巣へ溜まるということではないら

しく、卵巣と言うのは元々人間の元である卵のある場所で何を思ってかそこで

髪の毛や爪を形成してしまうのだそうでそれが増殖すると卵巣自体が徐々に

大きくなってしまうということ。何ともグロテスクな話だけど実に生身の人間に

誰でも起こりうるごく自然なことのようで人体の不思議というのはまだまだ奥が

深そうだ!

入院生活はこうして未知の領域に思いがけず興味のわく貴重な時間だとも

思った。私の大好きな言葉の一つ「人生に無駄はなし」があるけどまさに

そんな感じかなぁ。

 

18:00 夕飯 夕飯の写真を撮りそびれていたことにあとで気づいた。

ご飯 200g、焼き鮭(鱒のような感じ?)、胡麻和え、けんちん汁

584kcal  蛋白質31g ご飯7割、おかず全量食べた。

 

もう強い痛みが出ることは無くロキソニンとも縁が切れた!

採血の結果はHb11台だったので貧血ということもなかったけど持っている分を

飲み終えたら終了ということで毎晩1カプセル飲み続けることに。

夜の体温が37.0度だったので氷枕をもらう。術後ずっと氷枕をしていた。

夜も寝つけないため退院するまでは安定剤を出すと言われ飲み続けた。

夜の眠りは自然治癒力を高めるからと。

 

21:00 消灯

 

病窓に深みゆく秋探し見て外気触れたし身を案じつつ

久方に髪を洗へば彩雲の身を浄むればさやき風立つ

やうやうに痛み薄れて歩みゆき計ればしばし空喜びし

その指の先より出でしプロ意識優しき時も厳しき時も

秋風にゆふべの雲は雨となりわれの指先慕ひて尋ぬ 

 

 

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備忘録~ 入院4日め(術後2日め)

09.9.11(金) 晴れ

6:00 起床 歩けることが嬉しくてナースセンターの隣にある身長体重計へ

     ん?1kg減のみ~~??なぜだ!

7:30 朝食

2 

五分粥 300g

味噌汁

ごま煮浸し

甘口でんぶ

牛乳

ねり梅(袋入り)

403kcal 蛋白質17g

 

 

 

お粥は健康な状態でも時々作って食べるほど好きなので苦にならず完食!

8:45 痛みが出始めてきたためロキソニン(ムコスタ[胃薬]同包)飲む。

10:00 ホッとタオルで体を拭く。

10:30 部屋移動 その間、元同室の二人は順番に帝王切開へ!

      同室の方は、二人が重度の悪阻、一人は腹水の検査で今は

      婦人科入院中、もう一人が私と同じ子宮摘出後の方。

      この方は外来受診時待合室で隣り合わせた時からの同胞となり、

      今回もずいぶんお互いを励まし合っていた心強い存在。

12:00 昼食

2_2 

全粥 300g

さんまの蒲焼風

炒め煮

うどん汁

減塩梅干し

リンゴ

 

617kcal 蛋白質20g

 

 

炭水化物が多いかな・・と思ったのでうどんは一筋のみ食べただけ。

だいぶ人間らしい食事になったなぁなどと思った。

12:30 痛みを感じながらもついに硬膜外麻酔外される!

     「先生、痛いからもうちょっと麻酔お願いしたいなぁ・・・」

     「ガマン!」 ん~、冷たいなぁ、もう。

背中に絆創膏を貼られ、最初のシャワーの時に自分で取りなさい、と。ハイハイ・・

食事と食事の間は実に退屈で同室の方との語らいが何よりの楽しみ。

しかしながら重度の悪阻の方には食べ物の話などは禁句で、はみがきや

8×4系の類も使うことをためらってしまい、最低限にしか使うことができなかった。

悪阻の辛さは重々知ってるだけに・・・

PMガス出た、と。日記に時間までは記されておらず。一安心!

14:00 家族訪問

      病院の面会時間は14:00~19:00の5時間のみとなっている。

      その間はお互いの家族との屈託のないおしゃべりの時間。

      犬、猫の様子などを聞くと早く家に帰りたいなぁ、としみじみ思った。

16:30 生食、抗生剤の点滴が取れて、晴れて自由の身となった!!!

      身体に何も管が繋がっていないということの解放感は味わったことの

      ある人にはよ~くわかると思うけど、あれほど嬉しい瞬間は無い。

17:30 もう一度ロキソニン(痛み止め)を飲む。

      この痛み止めを欲しいと看護師さんに訴えた時、

      「先生に痛み止めを出して下さい、って頼んだんだけど、カルテに

      『ガマン』って書いてあっただよぉ・・どうする?痛いよね・・・」

      「え~~、先生イジメだよね・・・痛いです。こっそりください、お願い

      します」

      なんつ~先生だ!ま、わかってはいたけど・・・

2_3 

ご飯 200g  

ソースマリネ

中華風サラダ 

しめじと昆布の当座煮

606kcal 蛋白質28g

やっと正常食!

それにしてもどんどん

カロリーがあがって

いく。

 

      

      7割がたで止めておいた。せっかく入院前に胃が小さくなったのに

      入院中にまた胃拡張になっては嫌だと自分でセーブしてみた。

20:30 安定剤(良く眠れるようにと)服用

21:00 消灯

      ん~、良く眠れた!

 

今宵また天つみ空を星渡り遙か野末に蟲の音響く 

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備忘録~ 入院3日め 手術翌日

09.9.10(木) 晴れ

7:00 術後初めて水を飲む。

*採血

入院前から常用していた薬の再開。貧血の薬(フェルム305mg 1カプセル/日)

10:00 点滴、硬膜外麻酔以外の管がすべて外れ、多少身軽になる。

      ベッドの上で体を起こして座る。ホッとタオルで体を拭く。

13:00 はじめての歩行。 看護師さんの付き添いでトイレまで行く。

      そこから翌日AM11:00まで蓄尿(めんどくさいかったなぁ)

(決められた場所に毎回採った尿を入れて24時間の尿の量を調べるんだと思う)

18:00 はじめての食事 下に写真あり

      夫、長男が見舞いに来る

19:00 弾性スットッキング脱ぐ許可が下りる

21:00 消灯

まだ硬膜外麻酔が効いているため、痛みらしい痛みは感じることがないため

寝返りもベッドの上で座ることも歩くこともさほど苦にはならない。

「ガスが出たら教えて下さい」

と術後から言われているが一向に出る気配もなく、何度も聞かれると焦る。 

Photo

 

9/10 夕飯

重湯

牛乳(温)

ブイクレス(飲料)

洋風スープ(コーンスープ風)

ソフトエット(ババロア風)

335kcal  蛋白質11g

 

 

流動食だけど思いの外味がついてて8割がた食べた。

あまり美味しいものではないはずなのに美味しく感じた。

やっぱり私は根が健康体なんだなぁ・・・などと実感。

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