胃カメラ検査(麻酔)

今日は7月に予約していた胃カメラ検査の日

口からでも鼻からでもない胃カメラ検査はお初! 静脈鎮静剤を使った麻酔での検査。 実父に医院まで送ってもらって、
8:15 待合室の椅子に座ることもなくまずは腹部エコー。 私もモニターを見せてもらい、説明を受けてはいたけど何が何だかよくわからず、何やらいろんな臓器を見ている様子。 ある臓器で手を止めて何やら大きさなど計ったりしてた。どこだろう?? エコーはそんな感じであっさり終わり、トイレを済ませるよう言われ、戻ると点滴の準備のため処置室へ。

ソルデム1輸液っていう名前の点滴をかなりな速さで落としながらいよいよ本題の胃カメラ検査室へ。 今までの医院とは違ってちょっとしたオペ室に見えた。

そこで左を下にして横になると先生が入ってきて点滴の管の途中の部分からなんとか言う鎮静剤を入れ始めた。

「眠くなったら寝ちゃっていいですからね」

と言われ、まったく眠くならなくて先生と看護師さんが顔を覗き込むので申し訳ないなぁ、と思った次の瞬間、気付いたら10:12に眼を覚ましたのは別の部屋だった。

え?いつの間に寝て、いつの間に胃カメラしたんだろ? 胃のあたりの違和感や喉の痛みなども何ひとつない。本当に検査をしたのかな?っていうくらい。 最初は少しぼんやりしてたけど、寝返りを打ってみてもどうということもなくいつも通りだし、点滴のせいかトイレに行きたいんだけど、まだ勝手に動いちゃいけないんだろうなぁ…とあたりを見回すと頭上あたりにコールあり!押してみようか、とも思ったけど、カーテン越しの、声の感じからするとちょっとご年配の患者さんが私のあとに胃カメラ検査したのか気持ち悪そうで看護師さんも忙しそうだったのでもうちょっと様子見かなぁ、なんて思ってたら腸が妙にゴロゴロ動き出した。それでも特にトイレに行きたいってわけでもなかったのでおとなしくしてた。っていってもiPadを取り出して時間見たり、点滴の写真撮ってみたりと落ち着きない患者ではあったけど…。

カーテンの向こうでタイマーの音がしたなぁ、と思うが早いか、カーテンが開いて看護師さんが

「それでは起き上がって待合室でお待ちください」

と言ってくれたのですかさずトイレへ! やはり歩くとほんの少しふわ〜っとする感じはあった。

ほんの少し待合室で待っていたら診察室へ呼ばれ、検査説明を受けた。

胃には相変わらずな数のポリープがあったものの、いつものように大きいものや色のおかしいものを取って病理検査に出すということもなく今後も観察、とのこと。前回は十二指腸の入り口あたりが炎症を起こしてるってことだったけど、今回は十二指腸はとても綺麗で他の臓器も良さげ。ただ肝臓の血管が蛇行している様子で数か所に水が溜まってるらしい。

肝臓は沈黙の臓器って言われてるから水が溜まってるくらいじゃ自覚症状はないんだろうなぁ。 時々胃の痛みを感じるは気のせいだったとわかってホッとしたけど、持ち帰った検査結果に眼を通したら「肝のう胞」と書かれていて、またあらたなものがみつかっちゃったなぁ…と思うものでした。

そういえば、7月に市の乳がん検診の結果は 「乳腺のう胞」 だった。何だかこの手の多いなぁ… ま、そういう体質なんだろうね〜。 不必要なものを溜め込みやすいっていうのか…

子宮筋腫、胃多発ポリープ、メニエール病、心室性期外収縮、乳腺のう胞、肝のう胞… まったく全身あちこち言うとこだらけ(^^;;

今年だけで4つの病を抱えてしまって…参った、参った。 これまたうまく付き合っていくしかなさそうだ。

実父に電話して迎えに来てもらいながら、8月中旬から続けている遠州三十三観音霊場巡りに出かけた。 今日最初に回った森町の蓮華寺では少しフラフラしたけど、その後復活した! 今、そろそろ日付も変わる頃だけどいたって元気。 こんなに楽な胃カメラ検査は初めて! これからは絶対この検査方法だ、と心に決めた。

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三輪山

3月に奈良の三輪山を登拝した。 三輪山は山自体が神と言われていて、歌枕直美さんが十数年前に最初に曲をつけて歌った和歌ということでいつかは登ってみたいと思っていた。

なぜ今5月も終わろうとしてる今日になって今更ながらブログに書き記そうとしているのかは自分でもわからない。

三輪山に登る日を決めたのはうたまくらからのお便りで、三輪山で和歌の奉納があると知った瞬間。去年の暮れあたりだったかなぁ…。

そのあとメニエール病を発症し、招かれざる者は山に拒否されると聞いてたのでもしかしたら登ってはいけない私なのだろうか?と心配ながら三輪山にひとり向かった。

登る前、登拝にあたっての注意事項を聞いて、登拝料を支払い、そこを通過した証明の襷を首に掛けて登る決まりになっている。 襷の下には鈴がつけられていて、これが熊除けと聞いたことがある。でもその音は可愛らしくてなんだか癒される音色だった。

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460mほどの小さな山ながら途中急勾配の箇所やぬかるみなどもあって荷物は登拝料を支払う場所のすぐ隣にあるコインロッカー(100円、あとで戻ってくる)に預けることが出来、そこに貴重品以外のほとんどの荷物を預け、身軽になって登ることが出来た。とはいえスーツケースのような大きな荷物が入る大きさのロッカーではないので遠くから大荷物で三輪山を目指す方は桜井駅か大和西大寺駅のような近隣の駅のコインロッカーに預けるのが良いかと。

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登拝口の前に心身の汚れを自ら払うところに寄りお祓いするように言われ、言われるがまま、またそばにいた人を見よう見まねでやってみた。何せ普段から信心深いわけでもなく、何をどうしたら良いのかさっぱりわからぬまま。でもその場の空気感はタダならぬものを感じた。

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大量の薬を飲みながら体調は万全じゃない中、登っていく途中無理だと感じたらいつでもすぐに引き返そうと決めて、でも出来るなら頂上を目指そうと決めて登った。 くすり水の湧く水飲み場で薬を飲んでから… Image_2

登り口は一ヶ所しかなく、その一歩を踏み出せた時の心静かな感動は鮮明に記憶している。 登り始めてすぐに急勾配で見たことのない二羽の鳥が足元の山よりも低い位置にある木でとても良い声で鳴いていた時、私はこの山に迎えられているのかもしれないと感じた。

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↑クリックするとハッキリ見えます!

登る前にもらった山の地図を見ながら、1〜9の指標をひとつひとつ確かめながら登った。のっけからかなりキツく、もうだいぶ上まで来たかな?と思っていたところで現れた2の指標に身体中ドーンと疲れが出てとても9など目指せるもんじゃないと、引き返す確率が90%くらいじゃないか、とその時実感していた。 それでも登り始めた時のこの山に受け入れられた喜びを思い返し、もう一度頑張って登ってみようと思えた。3.の「三光の滝(禊も可能らしく更衣室もあった)」の流れ来る水に手を晒したら少し力が戻ってきたような気がした。それからは自分でも不思議なほどすいすいと登れ、途中の指標を見落とすほどだった。どの辺りだったか覚えていないけど、それまで木漏れ日程度にしか日の差し込まぬ山がふわ〜っと太陽の光が満ち満ちて体感温度が一気に10度くらい上がったような場所があり、陽射しというものの偉大な暖かさに感謝さえ感じた。それからか身体が一気に若い頃のように軽くなった気がして深呼吸しながらグングン登ることが出来、次の指標を見つけた時、6.の「烏さんしょう」というところで、山の地図で見ると間もなく頂上というところまで来ていたことに不思議な感じを覚えた。 三輪山が神の山だと知ってからあらゆる方のブログなどで三輪山を知れば知るほど興味は湧き、たくさんの不思議体験を読んでいたので、自分には一体どんな体感が待ってるんだろ?とワクワク感があった。

虻(蜂だったかな?)がずっと目の前を飛んでいた、とか三輪山の神といわれる蛇を見た、とか、頭上に黒い渦のようなものを見たとか、霊感のようなものがない人でも必ず不思議な体験をすると言われる山。 私にはとてつもなく大きなものに包まれ、守られているようなあたたかさとか安心感、身体がフッと軽くなり何者かに背を押されているかのような浮遊感は確かにあったものの、何かに出会ったかといえば、思い出すのは先に書いた二羽の鳥と木漏れ日の中、真夏かと思うほどの大量のハエ。何処か近くにきっと何か動物の死骸でもあったんだろうけど、3月とはいえ気温一桁の三輪山の山中にあれだけ多くのハエが飛んでいたのは今でも不思議。

上に登るにしたがって加工されたものなのかと思うほどにねじれた木や二本の木が溶け合うような姿になっている木を多く見た。 登拝道には滑り止めの横木が渡されるなど人の手が施されていたけど、すぐ横の木々は朽ち果てて今にも行き交う人に倒れかかるんじゃないか?と思われる危ない状態のものもいっぱいあった。 登り口に置かれていた杖を借りた。健脚を自慢としている方もあの杖はお借りしておいたほうが良いでしょう…なかなかの急勾配が数カ所あったので。三輪山にあるすべてのものに神が宿ると言われていて、山土に杖をつくことは仕方ないとしてつきながら登ったけど、土から顔を出していた木の根っこには木霊が宿る気がして足をかけることはあっても杖をつくことは憚れた。

そんなこんな思いつつ、地図上にある最後の9.の指標までたどり着いた。 その上に頂上があり大和三山などを見晴るかすことができると思いきや、何と人の手の施されぬ木々に覆われた頂上と思われるその場所は、頂上を極めた到達感や爽快感とはおよそかけ離れたほの暗い場所だった。もしかしたら人生の頂上もそんなもの(だった?)なのかもしれないとの教えなのかもしれない、とも思った。

その極めた場所は奥津磐座(おきついわくら)といって大きな岩がいくつかあって、その周りには結界?の綱が張られ、紙垂(しで)がつけられていて聖域であることは素人目にもわかった。そしてそのそばで気を取り入れている?らしきポーズをとっている方がいた。 磐座の周りをぐるりと一周できるのかと思いきや、綱が張られていて磐座の向こう側を拝むことは許されなかった。そこでやはり頂上を求めキョロキョロしているご年配の男性と出会い、互いに頂上らしからぬ頂上に少しガッカリしながら一緒に山を下りた。その方は飛鳥が好きであちこち歩くうち、大阪から奈良に移り住んだらしく、それでも三輪山は30年振りとかで頂上の変わり果てた状態に驚いていた。 その方のお陰?で行きは1時間20分くらいかけて登ったところ帰りは40分くらい、合わせてちょうど2時間だった。 山登りはほぼ初めての私が脚に自信のある人と同じペースで下りたことは後々の反省点となった。直後は膝が笑って仕方なく、翌日からはかなりな筋肉痛に襲われた。でも心地良い筋肉痛だった。

鈴のついたお守りのような襷は下山してすぐに受付に返した。ホントは記念に持ち帰りたかったけど。

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三輪山の一の鳥居というのは大神神社よりかなり手前の道路上に何故か立っているので、三輪山を下りてから訪ねると三輪山の全貌が見えて、一の鳥居がそこに立つ意味を知ったような気がした。

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今回初めて三輪山に登ったけど、あの胎内のようなあたたかさや安心感にまた会いに行きたい、と数ヶ月経過した今でも思っている。三輪山は女性の独り歩きの方もたくさんいて、金曜日の午後だったけど、たくさんの方とすれ違い、寂しいとか怖い思いも全くなかった。かえって誰かと一緒だったら自分のペースでは登れなかったと思うし、体調と相談して引き返すかもしれないという選択肢がなかったとしたら精神的にキツかったかもしれない。私が登った3月中旬は気候的にとても良かった。登り始めは寒かったけど、登っていくうちにポカポカとあたたかくなってくるし、暑いということはないので…。 4月に横浜に引っ越してしまった娘のところを拠点に訪ねるというのはもうできなくなってしまったけど、またいつか歌枕直美さんの和歌奉納とセットで三輪山を訪ねたい。

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五月の果てに

今年も職員健診前のダイエットは相も変わらず行ない、今までにない良い数字を残す結果となった。とはいえそれを過ぎれば順調に素直に数字は元へと戻ろうとするわけで…

おとつい健診結果が来て、総合所見の欄を二度見してしまった。 いつもなら異常なしの1.がついてるのに、今回は3. 3.って何?何事?? よく見たら心電図検査で異常が見られ、自覚症状があれば受診しろって書いてある!何のこと??心電図?「散発性心室性期外収縮」って書いてある。え?コレって私の検査結果?と名前を確認。合ってる…。私が?心臓??

胃にはポリープだらけで耳はメニエール病、子宮筋腫は遥か昔に取っ払っちゃったし、今回久々に空腹時血糖が基準値より少し出てて、今度は心臓?まずあちこち悪いとこだらけじゃん?健康そのものだった私が年々言う所出てきたなぁ、としみじみ思う。

ま、全て自然の成り行きに任せ受け入れつつ、もがく事もせず、寿命ある限り私らしく生きていけたら良いのかなぁ。

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メニエール病

まぁ、よくも次から次といろんな病にかかる私…

今度は「メニエール病」らしい。

きっかけはそろそろシーズンに入ったスギ花粉の薬をもらいに 近くの内科を受診した。それが2月14日(土)のこと。 土曜日だし、混んでるのはわかってたのでインフルなどを移されないようにと ちゃんとマスクして行った。 前日の夜、寝る頃ちょっと喉の調子が変かな? というのもあったし。

もらったのは花粉症の薬と喉の炎症を取り除くトローチ。 ちょっと頭痛信号もあったけどそれは常備薬で済ませよう、 なんて感じで…

その日は細江でうたまくら茶論コンサートがあり、 着物を着て行くことを去年暮れから楽しみにしていたので 何が何でも治したかった。 何とか着物着て、細江までは行ったもののコンサートが始まるや否や グングン体調は崩れていった。 コンサートも途中で帰らせて頂き、ハンドルも人任せにして 何とか帰宅するも着物を脱ぎ散らかして早々寝てしまった。 翌日も頭痛と闘いながらそれでも月曜日には何としても仕事に行く!と息子に車を出してもらい 近くの休日救急を受診した。インフルの検査をしてもらった。結果はマイナスだった。 頭痛薬と風邪の抗生剤、解熱剤をもらって帰り、また昏々と寝て日曜日はあっと言う間に更けていった。
月曜日の朝もあまりにひどい頭痛に起き上がることができず仕事を休んだ。 その頃から子育ての頃に一度なったことのある耳の異常を感じていた。 人の声、ピアノの音などが金属音に聞こえたり、プールの中で音を聞いているかのような両耳の閉塞感。どんなに休んでも薬を飲んでも頭の痛みと耳の異常は一向に去らず、日曜日も月曜日も何も食べられない 状態だったこともあり、ついに実家の父に頼んで総合病院を受診して頭のCT検査をしてもらった。 その結果も異常なし。 耳においては他の科を受診してくれ、と言われただけでその配慮や薬を処方されることすらなかった。

それでもなんとか夕方には頭痛が治まったので火曜日に仕事に行ける! と思えた。 耳の聞こえは改善どころか着実に進行しているのを感じつつも火、水と仕事をし、 さすがに周りのアドバイスもあり木曜日の仕事帰りに評判の良い耳鼻科を受診した。 その時の診断結果は「突発性の低音域難聴」(実はその時にはうまく聞き取れていなかった) 出された薬は内耳のむくみを取るステロイド系の抗生剤、抗アレルギー剤、抗菌剤、利尿剤、血流促進剤、ビタミンB12、胃薬の7種類。

朝昼夕、朝昼、朝夕、朝のみと薬の管理で鬱になりそう

などと一首詠みたくなる…

特に薬剤師のお兄さんにも念押しされるほど不味い「イソバイドシロップ」(利尿剤)というヤツは 寒気がして気が遠くなるほどだった。 でもおそらくそれはすごく優れた薬なんじゃないか!と飲み始めて間も無く思った。 翌朝起きて今まであった手指のこわばりがなく、グーパーしてみれば手が子供の頃みたいによく動く!
そっか、私は今までずっと浮腫んでいたんだ、と気づくこととなった。 顔を洗う時も「あれ?これ、私の顔??」ってくらい顎の輪郭がスッキリ。 ま、他の人に気付かれるほどの大きな変化ではなかったようだけど。

で、それらの薬と格闘しながら金土日は比較的耳の聞こえも改善してきて 月曜日からはまた新しい気持ちで仕事できそう!!なんて思っていた。

ところが今朝、そう、月曜日… 目覚めたら左を下にして寝ていて「キーーーンン」という強い耳鳴りがあった。 それでも起き上がって歩き出すとグラグラと目が回る。 いつも朝炊けたご飯を天地返しして今朝食べる分以外をタッパーに小分けするんだけど、その作業をするのに身体をぐらつかせないようにするため、しっかりとカウンターテーブルにもたれかからないといけないのと同時に見ているはずの手元から視線が勝手にめちゃくちゃ外れるために手の動きまでもめちゃくちゃになりタッパーにご飯を入れるというごく単純な作業が大仕事のようだった。 そしてその間、ご飯の匂いにたまりかねるような強い吐き気に襲われ、起きていること自体を諦めた。 それでもまた仕事休むなんてできないし、だけどとてもじゃないけど運転のできる状態じゃない。ましてや今日の勤務はフロアリーダー…一日中立ち続けるだなんてとても務まらないと判断してまた仕事を休ませてもらった。 案外意識はハッキリしてるなぁ、なんてまだ続くめまいの中、妙に冷静だった。でも電話をかけるにも目が画面から外れてしまうので必死の状況だった。それでもあたたかな言葉をいただいて気持ちが落ち着いたせいかめまいの中いつの間にか眠れて、目が覚めた時にはめまいも吐き気も薄らいだ。 それでも受診はしなきゃ、と実父に頼み、先週診てもらった耳鼻科を受診した。

最初に聴力検査した。先週よりも左耳の聴力がだいぶ改善されてはいたけど、低音域においての聴力に変化はなかったらしい。全部聞こえていた気がしただけにちょっとショック… 耳鳴り、めまい、吐き気、低音域の難聴が重なって診断結果はタイトルどおり。
なんでも発展途上国には罹患率が低いということでストレスが原因とされてるらしい。 でも、私は今、更年期真っ只中!めまいも歩けないほどではないわけだし、吐き気も朝の空きっ腹時だから妊娠中みたいにご飯の匂いに反応しただけかもしれないし、耳鳴りも更年期にはお供みたいなもの。難聴だってきっとまだくすぶってる風邪や今年も始まっちゃった花粉症さえ過ぎ去ればそんなこともあったっけ?っていうくらい綺麗さっぱり消えて無くなる症状だと信じてる。そうそう、医師というもの病名はつけないといけないから近そうなところを告げるわけで、その病名に自分が本当にあてはまってしまってはいけないのだ!!

5年半前の子宮筋腫の時、手術を拒んで温存したい、と言う私に医師が「死ぬよ」と言われた。 今回は死に至るというものではないけど、どう考えても私につけられるはずのない病名だ、 ってとこで楽観的に乗り越えようと思ってる。 長々とよくぞ書いたなぁ〜。いや、ホントよく書けた!パチパチ〜♪

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愛犬「くうちゃん」

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昨日、午後3時半ごろ洗濯物をしまおうとして愛犬「くうちゃん」をゲージに入れようと抱きかかえた時、キャンと一声鳴いた。変だなぁと思いつつ洗濯物を片付けて戻り、ゲージからくうちゃんを出してみたら後ろ足を引きずりながら出てきた。なんの前触れもなくそんなことになってしまったためネットで検索。 「ダックスフント 後ろ足が動かない」 するとたくさんヒットした。椎間板ヘルニアというのが最も多く、やはり突然なることが多いらしい。椎間板が太い神経を押していて麻痺が出るということなので少しでも早く受診することが望ましいと書いてあり、夫に連絡を取ってみたが、何せ地元のお祭りに行ったまま返事がない。仕方がないので実家の父に連絡を取り、近くの動物病院まで乗せて行ってもらった。 レントゲンと血液検査をしてとりあえず炎症を抑えるステロイドの注射を背中に打ってもらって帰宅。 もし手術になった場合は地元ではできず、名古屋まで連れて行かなくてはいけないそうで費用も100万円程かかると言われてビックリ!ネットで調べた時には大抵15〜20万円と書いてあったのに…。 明日も様子を見せに来てと言われたが、状態が変わらなかったためすぐに手術の手配などされてはたまらないと思い、そこを受診することはやめた。ネットで調べて地元でも手術してもらえそうなところに数軒電話して見た。すると電話口に直接獣医さんが出てくれて症状と医院をかえようと思った経緯などを親身に聞いてくれて、今は安静が一番だから犬の様子を動画にとってそれを見ながら話をしましょう、ということでうちから車で3分ほどの獣医へ私一人で行った。そしたら昨日受診した時にもらった血液検査をカルテに書き写し、内科的治療を進めることを提案してくれて、内服薬を2種類出してくれた。 白い細かな粉薬と5mmほどの薄いオレンジ色の粒の薬。共に4日分。それを飲んで状態の変化を見てその先のことを考えましょう、と言われた。昨日打ってもらったステロイドの効果は全くみられなかったけど、今日もらった内服は、帰ってすぐに飲ませた時にはあまり効果は見られなかったが、夜飲んだ後くらいから少し後ろ足が動くようになった。まだふらつきはあるもののずいぶん楽に歩ける様子が嬉しい。

娘にLINEで伝えたらいろんなサイトを検索してくれて、最後に 「楽観も悲観もせず心静かな愛情で見守ることが大切…飼い主が不安そうにしているとそれが伝わってしまうらしいよ」と教えてくれた。 突然のことに動揺し、感染症の場合、死に至ることもあるとの記事に悲しみに暮れていた自分を反省した。 できることなら手術しない方向で治してあげたい。

今までずっと私たち家族を変わらず愛し続けてくれているくうちゃんに精一杯の愛を返していかなきゃ!

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病の床より

久々に寝込んだ。

一週間くらい前から喉の痛みがあった。

季節の変わり目、夏の疲れくらいにしか思っていなかった。

土曜日にはどうも身体がだるく、重く感じ、

身体中が熱に覆われているような気がして早めに休んだ。

日曜日の朝は起き上がることが困難で一日をベッドで過ごした。

月曜日には週の始まりでもあり、気合いで何とかなるだろう、とは

思ったけど、どうにもこうにもダルさとしんどさで起き上がれず

早朝のうちに仕事を休む旨を知らせた。

休むと決めてからはまた昏々と眠った。

それでも次の日は仕事に行かねばと、何とか起き上がり、

近くの内科を受診した。結果はマイコプラズマ肺炎。

自分にはおよそ縁のない病名だったので俄かに信じ難かったけど

抗生剤、炎症を抑える薬、痰を切る薬など4種類が処方され

職場の上司から3日間の出勤停止を申し渡された。

今日も起きるのがしんどく、朝食を食べてまた閨に籠る。

夕辺は十五夜、今年はいつもの年よりかなり早い

十五夜でありました。中天のころには小雨ぱらつく空模様

だったので今年のお月見は期待していなかったんだけど

深夜1時を過ぎた頃だろうか、閨の窓から覗く月明かりに

しばし心寄せるのでありました。

今宵は満月。月が地球に一番近づく日、スーパームーンらしい。

あまりけばけばしい月明かりより、切なげな月が好きだけど。

早くこの身体のダルさが抜け、縁側に座って今宵の月を愛でたいもの。

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PPK

朝から蝉が元気に鳴いてる。

何でも地上では7日間の命らしく、存在のアピールなのか?恋の歌なのか??

気がつけば空蝉となっていたりする。

そんな折、伯母が88歳で急死した。

何の前触れもなく眠るように亡くなったらしい。

伯母は私たちの仲人をしてくれた方で30年近く経った今でもよく電話をくれる人だったので私を呼ぶ声が今でもはっきりと耳に残っている。

人が好きでお話が好きな伯母はみんなの人気者だった。

そんな伯母が誰にもお別れを言わず逝ってしまうだなんて…

お通夜でも告別式でもみな口々に

「あんな風に死にたいね」

なんて言ってた。世に言うピンピンコロリと言われる逝き方。Wikipediaでは

「ピンピンコロリとは、病気に苦しむことなく、元気に長生きし、病まずにコロリと死のうという意味の標語。略してPPKとも言う。」

なんて書いてある。何も略さなくても…と思わなくもないけど。

苦しまず、誰にも迷惑かけず逝くことってそれは確かに理想なのかもしれないけど、そんな風に逝ってしまうのは嫌だなぁ。可能な限りお礼やお別れを言って逝きたいし、逝ってほしい。もしかしたらそれこそが理想だと言われるかもしれないけど。

しっかりと手を握り目を見て…。

そんな時間が実はとても大事な気がする。そのために生きてる、ような気がしないでもない(?)

私の理想としては3日、人のお世話になりたい。そしてその間に会える人とだけ会ってお礼とお別れを言って逝きたいな〜。

そんなことをあらためて思うものでした。

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願い

久々の更新。

しかも初のiPhoneからの…できるだろうか?

 

昨日またひとり旅立たれた。

2ヶ月ほど前、七夕の短冊に願い事を書きましょう、

と傍らで問いかけるとその方は

 

「穏やかな迎えが早く来るように」

 

と少しかすれた声で静かにつぶやくように言った。

切実なただひとつの願いなのかもしれない

とも思ったけれど、それを容易く文字にする事は

私にはできなかった。

こうした深き思いに触れる瞬間というのがこの仕事にはある。

わがゆく道のともしびとなる大切な教えを聞き逃さぬためにも

心を全開にして寄り添うとあらためて思う朝であります。

 

 

       穏やかな迎へが早く来るやうに

              代筆の手をふととめる声   平成25年7月5日詠

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経鼻内視鏡検査結果 ~備忘録

先日の検査結果をなんやかんやで書いていなかったので

新しい年も明けたことだし忘れないうちに記しておこうかな、と。

 

検査から一週間後に結果を聞きに来てとの事で行ってきた。

まずは血液検査結果の表を見ながらヘモグロビン等の値を聞く。

血糖値が少し高めというくらいで特に問題はなかった。

次に検査の時に二つ採ったポリープの生検結果を聞く。

問題はないとの事で安心。

「ポリープは大きくなるほど癌化の可能性が高くなるので

出来れば半年に一度の検査をお勧めします。」

とのことだった。

でも前に検査をしたのは二年前だから、まぁ一年に一度くらいでもいいかな?

「一年に一度でもいいけど、うちでは半年に一度を勧めています」

こう言われちゃうと何かあった時何も言えなくなるなぁ~、なんて。

 

ま、とにかく久しぶりの検査だったけど何事も無くて良かった。

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経鼻内視鏡検査 ~備忘録

久々のブログ更新のタイトルがなんだかお堅い感じ?

今朝、勤めている施設のすぐそばにあるクリニックで

初めて鼻からの胃カメラ検査を受けて来たので覚え書き。

何か症状があるという訳ではなく、胃多発ポリープのキャリアなのです。

数年前に受けた日帰り人間ドックのレントゲン検査で胃にポリープが見つかって

から1年に一度胃カメラの検査を受けている。

ここ2年ほどは検査法棄してたんだけど・・・。

というのも今まで受けた検査は胃カメラを口から入れるもので、前回受けた検査が

余りにも苦しくてつい気持が遠ざかってしまっていたといったところ。

職場でポロリとそんな話をしたら、近くに鼻からの胃カメラ検査してくれるところが

あって全然苦しくないよ、と教えて頂いたので思いきって行ってきた。

先週木曜日は早番だったので17時に仕事を終えて検査予約に寄った。

早速2日後の土曜日(今日)朝一番に予約が取れた。

今までの医院では血液を採ってHIV等感染症検査をしてからの胃カメラ検査だった

けど、今回の医院では血液検査と胃カメラを同日にするとのこと。

8:30に医院を訪ねるとすでに数名の患者さんがみえ、私の後からも続々と患者

さんが入って来た。時季的に風邪っぽい方たちばかり?マスクしてくれば良かった

と後悔。

受診は初めてだったので問診票を書いて受付前でしばし待つ。

鼻からだから嗚咽無しとはいえ鼻から異物が入る訳だからくしゃみしたくなったり

するんだろうなぁ、などと無駄に心配したりしながら待った。

初めてのところだし何だか緊張しちゃってトイレ・・と思ったけどお小水の検査も

あるんだろうか?と思い変な我慢までしちゃったりして。何時もの私なら遠慮会釈

なく訊いてるところなのに、ね。結局、お小水の検査もなかった。

9時前くらいかな、診察室に入りしばしDr.の問診を受けた。

いつ頃、何でポリープが見つかったのか?

2個以上を多発というけどいくつくらいあるのか?

症状はあるか?・・・など。

あとは喉を簡単に診て、ざっと検査の流れを説明。

検査室へ移動。

築7年という新しい医院の棚には小さな白い鉢に入った観葉植物がいくつか

並んでいて、有線のオルゴール曲が静かに流れていた。

ベッド上で胃の中の泡を消すものを飲んだ。

すぐに横になり、両方の鼻に麻酔のスプレーをした。少し経ってどちらの鼻が

息の通りが良いかを尋ねられ、左の鼻から胃カメラ検査すると決定。

左の鼻に麻酔(キシロカイン)を注入。5分待つ。口の方へ流れてくる液を

呑み込むことで喉にも麻酔がかかるとの説明を受け、指示どおりに・・・。

細めのチューブを鼻に入れる。異常のないことを確認して更に太いチューブに

替え更に5分ほど待つ。鼻の中を広げるためかな??

その間、検査室は消灯され、流れ星が見えるようにして置くので見ながら

Dr.をお待ちくださいとのこと。たしかにリラックスできるよう全力を尽くしてくれて

はいるのだと思うけどやはりあぁいった検査にリラックスというのは無理だろう。

流れ星ならおとつい見たよ、とか思いながらもどんな仕組みになってるんだろう

なんて好奇心だけは掻き立てられた。

あっという間にDr.が来てカメラのチューブの実物を見せられて検査上の注意など

の説明を受けて検査は始まった。

口からの検査の時の苦しみや辛さはすべて忘れて下さい、だなんて言うもんだから

せっかく忘れていたものを思い出してしまった!(なんて面倒くさい患者だ、私は)

鼻からチューブが入り、ある程度まで入っていくまでは唾を飲み込んだり

変に力を入れ過ぎないようにして下さい、との指示。

「このあたりは喉頭癌の出来る場所でみつかりにくい癌ですが、きれいですね」

「ここは食道です。きれいですよ。」(そうですか)

「この三角の形をしているのが声帯。きれいです。」(ありがと)

「ここから先が胃の入り口ですが力が入っていると筋肉が収縮してチューブが

入って行かなくなるので心掛けて力を抜いて下さい。」

と。力を抜いているつもりでもつい力んでしまって、看護師さんに肩から腕に

かけて何度かゆっくり撫でおろして頂く始末。

それにしても「力を抜いて下さい」と言われても実はどうにもならないもので

ゆっくりと腕をさすってもらうことで力が抜けたような気がする。

この手法はあらゆる場面で生かそうなどと冷静に思う私も居た。

それでも痛みも苦しみもまったくないのは不思議なほどだった。

それからはDr.の説明など実によく覚えていて、

「はい、ここからが胃の入り口ですね。あ~、ありますね、ポリープ・・・

特に気になる所は見あたらないようですが、ずいぶん沢山ありますね」

といいながら数を数え始める(わぉ、こんなの初めて!)

「41個、ですね~」(と、ちょっと嬉しそう)

「十二指腸も診て見ましょう。あ~、ありますね~(やはり嬉しそう?)」

今までは十二指腸にポリープはなかったのになぁ・・・。

「明らかにこれはと言うものはないですが念のため採って検査しますね。」

といって十二指腸、胃それぞれから12mm大のものを生検に出した。

一週間後に結果を聞きに来て下さい、とのことでグロテスクな写真を渡された。

とても楽な検査だった〜。

それではまた一週間後に結果を書きに参ります!では・・・

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