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2018年3月の投稿

門出

昨日は長男の結婚式でした。

長男は三人姉弟の真ん中で、小さい頃からヤンチャで元気が良い反面、繊細で口下手な子。思春期以降私から心離れていたため、高校を突然辞めて来てしまい、半引きこもりになったり、就職氷河期を乗り越えられるか…カノジョが出来るのだろうか?常に気がかりだった。

そんな息子が2年ほど前だったか、彼女を紹介してくれたのが昨日結婚式を挙げたお嫁ちゃん。

半年前にすでに籍は入れて離れに住んでいるので、ちょくちょく母屋で一緒にご飯作って食べたり、のんびり過ごしてくれて、今どき珍しい可愛らしく奥ゆかしい子で、私の旦那ちゃまも大変お気に入り(実の娘より可愛いらしい、ここだけの話)。

さっきも書いた通り、息子は口下手で中々本心が伝わってこない。

披露宴では職場や友達の言葉や姿から私たちの知らない息子を知る事が出来て、あらためて息子がみんなによって育てられたことを知り、感謝感激…

今は地味婚といって挙式も披露宴もしない夫婦もあると聞くけど、やはりケジメとして、そして何より今現在お世話になっている方々への感謝を伝える大切な機会としてなくてはならない日だと思った。

息子夫婦がお色直しで中座する時、私たちの手を取って一緒に中座した。

息子の手はデッカくてあたたかだった。

すでに2月にハワイへの新婚旅行を済ませてるので、披露宴の後も延々と宴は続き、家に帰ったのは真夜中だったらしい。

娘夫婦は今日、もうすぐ2歳になる愛娘を連れて横浜へと帰って行った。

息子夫婦はまだ眠い目ながら見送ってくれた。

本人たちには中々言えないけど、帰らない孫が早く欲しいなぁ…

孫と新幹線の改札での別れ際、ばぁばも一緒に行こう、とポロポロ涙を流して泣かれ、一緒に号泣。

まだ1歳ながら別れを惜しむという感情が芽生えていることに感動してしまった。

来月4月に二男の結婚式、夏には娘に二人目の子が生まれ、今年暮れには家の建て替えも本格的に始まる。

なんておめでたい激動の年!

みんなそれぞれ前を向いて大きく歩いていることが嬉しくて、私たちはただただ笑顔で見守るばかり。

幸せ過ぎて怖いくらいだけど、人生ボソボソ〜っと歩いているとこんな良い年も訪れるものかと地味〜に感謝。

子らの成長がこんなにも嬉しく思えるって素晴らしい。

一句、一首詠みたいものだけど、言葉は…ない。

おやすみなさい💤57898a6bc6d2450da502cf07e723e525

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啓蟄

土の下でひっそりと寒さを凌いでいた虫や蛇たちが

あたたかな春の陽にトントンと起こされて

モソモソ〜っと蠢(うごめ)き出す頃

蠢めくとはあまりにもそのままの漢字だこと…

長く気に病んでいた確定申告も晴れて終わり、

思い悩む事なく明日は孫を迎える事が出来る。

耳は追加で飲み続けている薬が切れかかると耳の奥の圧力が高まるような…それが内耳の浮腫みなんだろう、と思う。まだ本調子とはいかないようで、医師の見立ては正しかったのだと思い知る。

体調は横ばいだけど、先の通り確定申告も済んだし、来週はいよいよ長男の結婚式だし、あれやこれやで家の間取りの方は中断だけども…

こないだ長男が持って帰って来た間取りの図面に水屋が描き足されていて嬉しかったけども、現実問題、茶室の水屋とはその材料費、施工費で一体いくら程かかるものなのか、調べてみればやはり夢のまた夢…

それでもせめて炉だけは切りたいなぁ、などと思い直したりして。

今日磐田税務課の往復で通りかかった昭和な佇まいのとても小さな家の庭に、花の手入れをしていたおばあさんがいて、信号待ちの間しばらく眺めていた。

その方の表情を見ていると、とても満ち足りている様子で、きっと心豊かに暮らしてるんだろう、とほんの短い時間でも窺い知る事が出来るようなそんな気がした。。

家の中に茶室を構えるのは、実は夢のままが良いのかもしれない、と心静かに思ったりして…

生まれて初めてのマイホームとはいえ、独り住まいではないんだし、思い通りな間取りに出来るはずはない。やはり一緒に住む家族みんなが満足な無駄のない家にしなきゃ。

私ひとりの趣味の空間に莫大な費用を掛けるのはあまりにワガママ。近い将来、茶の道にというのなら話は別だけども。どちらかといえばお茶ではなく書の道に進みたいな、と思ってるわけだしね。

夢は寝てる時に見ろ、って事で

おやすみなさ〜い

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難聴 その後

先日は3日分の薬が処方され、

今日(3/2)仕事が終わってから再診に行った。

今回は薬がよく効いて、受診前に受けるよう言われた

聴力検査もお断りしたいほどだった。

検査をするかしないかの判断は医院側のする事、

と受付で言い捨てられて仕方なく再検査。

やれやれ…すっかり元通りになったって本人が言ってんのに

なんでだい?と心でぶつくさ文句言いながら言われるがまま…

検査担当の女性は前回と比べて改善されていると

言ってくれたので以上、となる事を期待して診察を待った。

しかーし、そーは問屋が卸さなかったわ。

プレドニンっつー抗生剤は急に止めることが出来ない、

徐々に減らしていきます、と来た。

薬屋の陰謀か?そりゃ…

イソバイド系のジャネリックの卒倒しそうな不味さとの

縁切りに意気揚々と出かけてったっつーのに

また更に9日間飲み続けろと…

ジタバタと拒絶してみたものの頑として受け入れてくんない。

ホームページに書いてあるアレはなんだ?

病気に向き合うのではなく患者に??えッ?

おーーーい、ありゃ何だ?

と、言いたかったがあっさり諦めておいたわ。

だってさ、自分の身体でありながら薬の事も

治療の事もサッパリわかんないからね。

今夜も百面相のようにあのド不味い薬、飲んでやったわ。

こーなったらトコトン治したるわ。

二週間後息子たちの結婚式だしね。

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