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三輪山

3月に奈良の三輪山を登拝した。 三輪山は山自体が神と言われていて、歌枕直美さんが十数年前に最初に曲をつけて歌った和歌ということでいつかは登ってみたいと思っていた。

なぜ今5月も終わろうとしてる今日になって今更ながらブログに書き記そうとしているのかは自分でもわからない。

三輪山に登る日を決めたのはうたまくらからのお便りで、三輪山で和歌の奉納があると知った瞬間。去年の暮れあたりだったかなぁ…。

そのあとメニエール病を発症し、招かれざる者は山に拒否されると聞いてたのでもしかしたら登ってはいけない私なのだろうか?と心配ながら三輪山にひとり向かった。

登る前、登拝にあたっての注意事項を聞いて、登拝料を支払い、そこを通過した証明の襷を首に掛けて登る決まりになっている。 襷の下には鈴がつけられていて、これが熊除けと聞いたことがある。でもその音は可愛らしくてなんだか癒される音色だった。

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460mほどの小さな山ながら途中急勾配の箇所やぬかるみなどもあって荷物は登拝料を支払う場所のすぐ隣にあるコインロッカー(100円、あとで戻ってくる)に預けることが出来、そこに貴重品以外のほとんどの荷物を預け、身軽になって登ることが出来た。とはいえスーツケースのような大きな荷物が入る大きさのロッカーではないので遠くから大荷物で三輪山を目指す方は桜井駅か大和西大寺駅のような近隣の駅のコインロッカーに預けるのが良いかと。

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登拝口の前に心身の汚れを自ら払うところに寄りお祓いするように言われ、言われるがまま、またそばにいた人を見よう見まねでやってみた。何せ普段から信心深いわけでもなく、何をどうしたら良いのかさっぱりわからぬまま。でもその場の空気感はタダならぬものを感じた。

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大量の薬を飲みながら体調は万全じゃない中、登っていく途中無理だと感じたらいつでもすぐに引き返そうと決めて、でも出来るなら頂上を目指そうと決めて登った。 くすり水の湧く水飲み場で薬を飲んでから… Image_2

登り口は一ヶ所しかなく、その一歩を踏み出せた時の心静かな感動は鮮明に記憶している。 登り始めてすぐに急勾配で見たことのない二羽の鳥が足元の山よりも低い位置にある木でとても良い声で鳴いていた時、私はこの山に迎えられているのかもしれないと感じた。

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↑クリックするとハッキリ見えます!

登る前にもらった山の地図を見ながら、1〜9の指標をひとつひとつ確かめながら登った。のっけからかなりキツく、もうだいぶ上まで来たかな?と思っていたところで現れた2の指標に身体中ドーンと疲れが出てとても9など目指せるもんじゃないと、引き返す確率が90%くらいじゃないか、とその時実感していた。 それでも登り始めた時のこの山に受け入れられた喜びを思い返し、もう一度頑張って登ってみようと思えた。3.の「三光の滝(禊も可能らしく更衣室もあった)」の流れ来る水に手を晒したら少し力が戻ってきたような気がした。それからは自分でも不思議なほどすいすいと登れ、途中の指標を見落とすほどだった。どの辺りだったか覚えていないけど、それまで木漏れ日程度にしか日の差し込まぬ山がふわ〜っと太陽の光が満ち満ちて体感温度が一気に10度くらい上がったような場所があり、陽射しというものの偉大な暖かさに感謝さえ感じた。それからか身体が一気に若い頃のように軽くなった気がして深呼吸しながらグングン登ることが出来、次の指標を見つけた時、6.の「烏さんしょう」というところで、山の地図で見ると間もなく頂上というところまで来ていたことに不思議な感じを覚えた。 三輪山が神の山だと知ってからあらゆる方のブログなどで三輪山を知れば知るほど興味は湧き、たくさんの不思議体験を読んでいたので、自分には一体どんな体感が待ってるんだろ?とワクワク感があった。

虻(蜂だったかな?)がずっと目の前を飛んでいた、とか三輪山の神といわれる蛇を見た、とか、頭上に黒い渦のようなものを見たとか、霊感のようなものがない人でも必ず不思議な体験をすると言われる山。 私にはとてつもなく大きなものに包まれ、守られているようなあたたかさとか安心感、身体がフッと軽くなり何者かに背を押されているかのような浮遊感は確かにあったものの、何かに出会ったかといえば、思い出すのは先に書いた二羽の鳥と木漏れ日の中、真夏かと思うほどの大量のハエ。何処か近くにきっと何か動物の死骸でもあったんだろうけど、3月とはいえ気温一桁の三輪山の山中にあれだけ多くのハエが飛んでいたのは今でも不思議。

上に登るにしたがって加工されたものなのかと思うほどにねじれた木や二本の木が溶け合うような姿になっている木を多く見た。 登拝道には滑り止めの横木が渡されるなど人の手が施されていたけど、すぐ横の木々は朽ち果てて今にも行き交う人に倒れかかるんじゃないか?と思われる危ない状態のものもいっぱいあった。 登り口に置かれていた杖を借りた。健脚を自慢としている方もあの杖はお借りしておいたほうが良いでしょう…なかなかの急勾配が数カ所あったので。三輪山にあるすべてのものに神が宿ると言われていて、山土に杖をつくことは仕方ないとしてつきながら登ったけど、土から顔を出していた木の根っこには木霊が宿る気がして足をかけることはあっても杖をつくことは憚れた。

そんなこんな思いつつ、地図上にある最後の9.の指標までたどり着いた。 その上に頂上があり大和三山などを見晴るかすことができると思いきや、何と人の手の施されぬ木々に覆われた頂上と思われるその場所は、頂上を極めた到達感や爽快感とはおよそかけ離れたほの暗い場所だった。もしかしたら人生の頂上もそんなもの(だった?)なのかもしれないとの教えなのかもしれない、とも思った。

その極めた場所は奥津磐座(おきついわくら)といって大きな岩がいくつかあって、その周りには結界?の綱が張られ、紙垂(しで)がつけられていて聖域であることは素人目にもわかった。そしてそのそばで気を取り入れている?らしきポーズをとっている方がいた。 磐座の周りをぐるりと一周できるのかと思いきや、綱が張られていて磐座の向こう側を拝むことは許されなかった。そこでやはり頂上を求めキョロキョロしているご年配の男性と出会い、互いに頂上らしからぬ頂上に少しガッカリしながら一緒に山を下りた。その方は飛鳥が好きであちこち歩くうち、大阪から奈良に移り住んだらしく、それでも三輪山は30年振りとかで頂上の変わり果てた状態に驚いていた。 その方のお陰?で行きは1時間20分くらいかけて登ったところ帰りは40分くらい、合わせてちょうど2時間だった。 山登りはほぼ初めての私が脚に自信のある人と同じペースで下りたことは後々の反省点となった。直後は膝が笑って仕方なく、翌日からはかなりな筋肉痛に襲われた。でも心地良い筋肉痛だった。

鈴のついたお守りのような襷は下山してすぐに受付に返した。ホントは記念に持ち帰りたかったけど。

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三輪山の一の鳥居というのは大神神社よりかなり手前の道路上に何故か立っているので、三輪山を下りてから訪ねると三輪山の全貌が見えて、一の鳥居がそこに立つ意味を知ったような気がした。

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今回初めて三輪山に登ったけど、あの胎内のようなあたたかさや安心感にまた会いに行きたい、と数ヶ月経過した今でも思っている。三輪山は女性の独り歩きの方もたくさんいて、金曜日の午後だったけど、たくさんの方とすれ違い、寂しいとか怖い思いも全くなかった。かえって誰かと一緒だったら自分のペースでは登れなかったと思うし、体調と相談して引き返すかもしれないという選択肢がなかったとしたら精神的にキツかったかもしれない。私が登った3月中旬は気候的にとても良かった。登り始めは寒かったけど、登っていくうちにポカポカとあたたかくなってくるし、暑いということはないので…。 4月に横浜に引っ越してしまった娘のところを拠点に訪ねるというのはもうできなくなってしまったけど、またいつか歌枕直美さんの和歌奉納とセットで三輪山を訪ねたい。

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