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生きるということ

心大切に思っていた方が昨日亡くなった。

その方とはほとんど意思の疎通はとれなかったけれど奥さまとよく話していた。

お宅への送迎の時に飼っている犬のこと、咲き始めた花のことなどもたくさん話した。

去年の初冬辺りからか痰が絡み嚥下(えんげ:飲食物のスムーズな飲み込み)に

支障をきたすようになり、かかりつけ医から胃ろう(身体に穴をあけチューブを通し

そこから飲食物を直接身体に注入する)を勧められたことを話してくれ、そのことに

対する奥さまの思いを聞くことができた。

 

「そうすれば栄養が摂れるってことはよくわかるんだけど、

生かされるっていうのどうなのかなと思うんです。

食べるってことは美味しいって感じるってことで

それが生きるってこと

だと思うんですよね。

生かされることと生きるってことは全然違う 思うのね・・・」

 

延命治療はせず、すべて自然のままで・・・と前から伺っていた。

我が家も義母がかつて同じ決断をしたことを知っていたので気持ちはよくわかる。

それは「諦め」とか「放棄」とは全く違うもの。悩みに悩んだうえでたどりついた結論。

奥さまのその言葉は介護に携わる者の基本とさせていただく大切な教え。

決して忘れることなくいつも心に据えて仕事していきたいと思う。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。

僕は、幸いにまだ身の回りに、死というものがあまり深くは入り込んできていないのですが、
生きるということについて、敏感でいなければならないなあ、と感じます。

自分自身の「生きること」についても、周りの人たちの「生きること」についても、大切にしていきたいものです。
日記などでこういう内容に触れるたびに、少しでもそういう気持ちを思い出して、考えを新たにしていけたらいいな、と思います。
そんなことを思いました。

投稿: 三沢左右 | 2012年2月12日 (日) 02:03

こんばんは、左右さん

普通はそうですよね。
でも全ての人が「生きている」ということは確かなことで、「死」ということも病気、事故、怪我、天災などでいつ何時我が身に起こるかわからないですよね。
先日の大平シローさん、でしたっけ?
心室細動で若くして亡くなられましたよね。
あぁいうことだって誰にだって起こりうるものです。
だからって怖々生きてはもったいない。
日々を大切に生きることに尽きますね。

コメントとても嬉しいです!ありがとう・・

投稿: 恭子 | 2012年2月12日 (日) 02:33

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