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2010年4月の投稿

さくらんぼの実のなる頃

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さくらんぼの実のなる頃/加藤登紀子 (←click)

半月前にはまだ花をつけていた桜の枝には葉が大きく茂り、

さくらんぼの実がつき真っ赤に色づいている。

時の流れの速さを感じずにはいられない。

この頃の風は頬に心に気持ちよく、ちょうどこんなやわらかなピアノと

よく合うなぁ・・・

 

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ちなみに散歩道の梅の実も

もう2cmくらいの大きさに

なっていて少し色づいている。

 

 

 

 

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これは庭のみかんの花。

つぼみもこんなに膨らんで

いつ咲こうかと相談してる。

甘酸っぱい香りに包まれる

のは時間の問題。 

 

 

 

 

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今朝、雷をともなって

降った雨が葉の上に残り

今日の陽と遊んでいる。

葉陰にどことなく

初夏の色が見える。

 

 

 

そう、短かった春も着実に終わりを迎え、草花はすっかり夏の準備。

心も・・・

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昨夜の雨

毎朝Twitterのタイムラインを覗けば「本日の季語」なるものがつぶやかれる。

ここ数日のお題をさかのぼってみれば・・・

花筏(はないかだ)、暮れ遅し、蒲公英(たんぽぽ)、竹の秋、目借時、新茶、草若葉、

百千鳥(ももちどり)、雀隠れ、細魚(さより)

詠んだことのないお題が多く、戸惑いもあるけど挑戦する楽しさもある。

本日のお題は「細魚」

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海に落ち 細魚となりし 昨夜(よべ)の雨

世の憂さを 知らぬ装ひ 細魚かな

  

夕べはものすごい嵐だったので今朝の静けさにほっとする。

昨日に引き続き筆をとってみた。

数ヶ月ぶりの筆はご機嫌斜めで(筆のせいなのか?)なかなか思うように

運ばないけど、ちょいと気取っていろがみに書いてみた。

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    昨夜の雨やへに残れるまどべにて

             けふ九重に墨の香をきく

 

どうも「よべのあめ」という音がマイブームらしい。

 

それにしても墨の香というものは世界中のどんな有名で高価な香水よりも

良いなぁ・・・。体中にやさし~く染み渡ってゆく。

まずは正座。次に深呼吸。そして硯の海に水差しで少し水を落とし、その水を墨で

丘へと広げゆっくりとすり始める。すると早くも墨の香は生活空間を浄化するかの

ように部屋いっぱいに広がってゆく。

硯と墨とのなめらかな当り、心の中にある悪しきものを削り落とすかのような

厳かな音、水が次第に艶めいた黒へと変化してゆくさまのすべてが良い時間。

学校では墨汁なるものを使わずに、こういった部分をぜひ感じさせてやれるような

書の時間を次代を担う子供たちに過ごさせてやって欲しいもの。

 

な~んてこといってないでもっと描き込みなさい!(よくこんなんを公開できたよね)

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夏隣(なつどなり)

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私は愛知県半田市の生まれ。

父は元サラリーマンで転勤族(13回)だったので家族はおのずと父と共に

長い歳月をかけてあちこち回った。

ここ遠州へとやってきたのはかれこれ34年ほど前。

秋も深まりつつある11月半ばだった。

その日は大変な風の日で、台風並だったので友達にそう話したら、遠州ではこれを

空っ風と呼び秋から冬中ず~っと吹き荒れると言う。

埼玉県川越市からやってきた私たちにとってはビックリ。しかし各地をめぐりあらゆる

ことを受け入れてきた私たちは喜んで立ち向かう覚悟をしたのだった。

 

まずは洗濯物。洗濯物はすべてポールピンチでしっかりととめ、その物干し竿を

物干し台にしっかりと紐で縛りつけ、その物干し台といえばなんと、地中に埋めなけれ

ばならないのであります。が、しかし背の低い母と私にとってはなんともジャストな高さ

になり、こりゃいいや、と楽しんでおりました。

ほかにも飛ばされやすいものは表に置きっ放しにしない(桶屋が儲かるどころの

生やさしい風ではなく)とか、自転車は倒れるものと計算した位置に置き、決して

ガラス窓のそばなどには置かないなど・・。

この季節といえどやはり風の日は多く、空を泳ぐこいのぼりも当然のように

この写真のとおりはためいちゃうわけです。

この爽快な光景をみつめながらの散歩道は実に清々しく、ついこんなスキップ短歌

が生まれたというわけであります!

あ♪スキップ短歌って、なんだかおもしろそうだ・・コソッと詠んでみるかな。

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はなみずき

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はなみずき・・・

今まさにあちこちでみられる花。

一青窈さんのうたにもあるように

「空を押し上げて・・」平たく咲く花。

とっても開放的な素直なまっすぐなイメージ。

ここに添えた短歌は単なる「は・な・み・ず・き」の折句。

 

なんだか肌寒いまま短い春は終わろうとしている。

五月・・・

短歌との出会いから一年を迎える。

歌ってなんだろう。

私はなんで歌を詠むのだろう。

そんなことを日々おぼろげながら思う。

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とりとめもなく~晩春の章

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庭で採れたさやえんどう

さとうざやのように

ふっくらとして甘くて

美味しかった~♪

 

 

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ほんのちょっと前までは

淡い桃色の花を

いっぱい咲かせていた

桃の枝にもう1.5cm

くらいの実がなっている。

早いもんだなぁ。

 

 

 

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最近散歩道のある区間を

歩くとこの鳥に激しく威嚇

される。

いつも番でいて頭上を

大きな声で泣き喚きつつ

飛び回るのでこの子達の

縄張りの区間はできるだけ

早足で通り抜ける。

 

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この鳥が気になって

検索してみた。

「ケリ」という鳥でやはり

繁殖時期には強い

縄張り意識で威嚇する

らしい。

去年までは気にならなかった。

きっと仕事を持っていたから・・

そんななんでもないことを楽しむ春の日・・・とりとめもなく。

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山椒魚

我が家の長男は小さい頃から本好きで自分の部屋にも居間にも階段の一段一段にも

トイレにも本を見ない場所はないほど、家中に彼の買い込んできた本が溢れてる。

昨日はトイレに新しい本があった。新しいといっても古本だけど割としっかりとした

渋い黒の表紙。井伏鱒二だった。

井伏鱒二といえば中学生の時だったか教科書で読んだ「山椒魚」しか知らない。

ちょっと拝借して来て懐かしく読み返してみた。

教科書では数ページにわたっていた記憶があるけど、こんなにも短いお話だったか。

 

あらすじは・・

うっかりしていて岩屋の棲家から出られない大きさになってしまった山椒魚。

外の景色を眺めて暮らすうち、外への憧れを抱き、出ようと試みるも脆くも砕かれ

絶望の淵に落ちる。自分の棲家へと自由に入り込むものへの妬み、ついには

水と陸とに生きられる蛙との出会いに言い争いつつも数年のときを掛け、命を

かけて何かを分かち合う。・・・って感じかなぁ。

 

数十年前に読んだ時に感じた岩屋の暗さ、湿度、かび臭さ、ぬめり感、時折の風、

光、水の音・・・

実際に五感で感じ取ったわけでもないのに今もなぜか子供の頃の記憶は

そのままよみがえってくるということの不思議を感じた。

それでもその他の登場人物(水生物)やそれらへの感情表現の記憶がおぼろげ

だったし、それを受けての感想の記憶は皆無だった。

山椒魚の感情そのままのつぶやきを新鮮に読んだ。

物語の最後でもある蛙のつぶやき、

「今でも別におまえを怒っていないんだ」

という言葉は衝撃的。

きっとこの言葉のためにこの物語は書かれたんだろうし、ここを語り合うために

教科書に取り上げられたのかもしれない。

それにしても感情の揺れる中学生には共感する部分はあったとしても

難しかっただろうねぇ。(記憶なし)

 

井伏鱒二・・読み進めよう!

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平常心是道

若かりし頃、茶の湯の道をちょっとだけ散歩したことがある。

どなたのお言葉かは存じませんが、大徳寺の有名な和尚さまがこの言葉をお軸に

書かれ、ただのOLだった身で買い求め、大事に大事にしまっておいて(掛けとけ?)

嫁入り道具に加える魂胆だったのだ。

ところがどっこい嫁ぎ先(今の家)ではお舅さまの大のお気に入りの掛け軸がすでに

床の間の景色を作り上げていましたから実家に置いて嫁ぎました。

今は誰も訪れることのない実家の床の間でツイートしておられます。

 

「平常心是道(へいじょうしんこれみち)」

 

正確には「びょうじょうしんこれどう」と読むとのことだけど、何語かな?という

呆れた私。

喜怒哀楽のありのままの心を自ら受け入れ、力を抜いて心すり減らすことなく

自分を見出す。

といったところだったか・・・。

大好きな言葉の一つのはずだった。

いえ、本当はこの言葉の意味さえまだよくわからないまま。

人としてまだまだってことがよーくわかる。

 

いろいろ思いをめぐらした挙句、ゆうべ日付が今日に変わる頃、うたのわ復帰した。

今、「好きな歌」をマイページの自己紹介の欄にUPしてきた。

 

逢ひみての後の心にくらぶれば昔はものを思はざりけり (権中納言敦忠)

 

何も愛だの恋だの、それだけにいえることではなさそうな歌。

深いなぁ・・・

そんな歌を目指せ!私。

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花手紙

犬の散歩をしていたら桜の花びらがひとひら、またひとひらと舞ってきた。

そこは田んぼの中の一本道で桜の木はそばにはない場所。

どこから舞ってきたのだろうか?ふとその先を見れば数十メートルも離れた山の麓に

ある桜木からだった。遠目に見てもほとんど花の色は見えないその木から残りわず

かな花びらが夕風に乗ってその木の存在を教えに私の元へやって来たのだろう。

花言葉は誰もが一度は聞いたことがあるだろうけど、これは花手紙なのだろう。

「私はここにいますよ」と花だけが伝えることができるのだ。

桜木は大地にどっしりと根を張り、葉は幹を太らせ枝を高く広く伸ばしてゆく。

そしてそんな風に脈々とここに生きているよと知らせるのがおそらく花の役どころ

なのだろう・・・

だなんて取り留めのないことを思ったのでありました。

 

遠ざくら風にひとひら花のせていらっしゃいなと便りをよこす 

 

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雨の名前

ツイッターでもふとつぶやいてみたけど、昨日なにげなくTVを見ていて

ヱビスビールのCMにギュッと心をつかまれた。

いつ頃からやっているCMなのだろうか・・・

役所広司さんが京都の狭い石畳の道を蛇の目傘さして歩きながら

「時雨(しぐれ)、夕立(ゆうだち)、小ぬか雨、雨の名前だけでいくつもある国・・・」

などと素敵な声で云う(実はひそかに声フェチだったりする)。

さりげない雰囲気の中にぐっと引き寄せられるものを感じるCM。

TVはあまり観ないんだけど、CMっていうのは大好きでどんなドラマや映画よりも

よくできてるなぁ、と感心させられる。小説や詩、短歌もよいけど俳句がやっぱり

好きなのとどこか共通している部分があるのだろうか。

 

役所さんのつぶやくような雨の名前も美しいけど

「しぐれゆうだちこぬかあめ」は七五調なんだなぁとふと気づく。

そっか・・・やっぱり、それが日本人の心を捉えるんだねぇ、しみじみ。 

 

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昔々、mixiの日記にも

書いたけど

この本をいつか

手に入れたい!

 

表紙を見てるだけで

このウサギみたいに

心躍る♪

 

飾っておいたって

素敵だわ~。

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春光

朝から日差しがまぶしくて春らしい光の中で花や鳥は歓びの歌を歌っている。

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田には数日前から水が入り、日ごとにその数が増えてゆく。

田植えが近いんだね。

今にすべての田に水が入るころ、水面に空が映り自分の居場所が

わからなくなる、その不思議な感覚が好き。

田の上をツバメが飛ぶ景色はとても美しき日本の原風景。

他人任せではあるけど守るべきもの。

 

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大好きな白すみれの花が少し紫色を帯びてきた。

桜前線も少しずつ北へと移動し、こうして実に静かに大自然は変化していく。

 

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手作りおやつ♪

真冬のころ、息子のカノジョが家に来ていたのでリンゴのフラン(アップルパイ)を

作った。カノジョはとても気に入ってくれたようで友達に話したのでしょう・・

「(カノジョの)家がケーキ屋さんなのに勇気ある行動だよね」

と息子にも言われましたが(大笑)

 

先日の中学卒業の日に息子の幼馴染の女の子が私のところに駆け寄ってきて

「アップルパイ、作ってください!」

と、とってもかわいいおめめでお願いされちゃったのでその子の高校入学式の前夜に

焼いておめでとうメッセージを添えて息子と一緒に届けた。

 

リンゴのフランは、昔、国際交流をしていたころに仲間がフランスにホームステイに

行き、ホストママが庭になっているリンゴをもぎ取って毎朝焼いてくれたというフランの

作り方を伝授してもらってから我が家の定番おやつとなっている。

普通日本ではアップルパイのリンゴは甘く煮詰めたものをパイ生地の上にのせて焼く。

けれどもフランス直輸入のレシピでは生のリンゴをそのまま焼くので人によって好き

嫌いが分かれる。

普通我が家ではフランは秋の限られた時期だけに焼くことが多い。

秋に「紅玉(こうぎょく)」という期間限定の旬のとても短いリンゴがお店に並ぶ。

フランには最適の酸味と甘みのバランスをもったそのリンゴをみかけると必ず

その間に買い求め、数回作るのです。

今回は紅玉はもちろんお店には並んでいないので「ふじ」という品種を使った。

やっぱり紅玉で作るのとは違い、別の果物を使ったような感じさえする。

この時期に作ることはあまりお勧めしないけど手作りレシピを公開しましょう!

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↑↑↑画像の上でクリックするともう少し大きな画面になります。↑↑↑

 

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これに粉砂糖を茶こしなどを使ってふりかけるとオシャレな雰囲気~♪

これが紅玉だとリンゴの皮の色が濃いピンクになって見た目もとても綺麗なんです。

 

昨日は突然ポンデケージョが食べたくなってレシピを探して早速作ってみた。

↓これがポンデケージョ??の声多数でしょう・・・そう、膨らまなかったのです。

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レシピはこちらから・・・

家にあるものだけで、ポンデケージョ(cookpad)  ←click

 

レシピをみても膨らむ要素を感じなかったけど案の定、見事なまでに膨らまず

それでも匂いは確かにポンデケージョなので子供たちもペロリと食べつくして

くれたけど今度はちょっとベーキングパウダーを投入してみましょ!

 

そんなこんなでここのところ手作りおやつ、楽しんでます♪

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花の色

昨日は舘山寺を訪ね浜名湖の景観を堪能し、磐田見付天神の桜を訪ねてみた。

見付天神はつつじ公園と隣接していてずっと歩いて回れる。

花を訪ねて回ればどこまでも歩けそうな・・そんな気がした。

早咲きのつつじがすでに咲いていてはらはらと舞う桜と濃淡のピンクが

本格的な春を待つ心に深く沁みた。

色がこころに与える影響は意外にも大きいと感じた。

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花のおしえ

去年の手術の影響か長年付き合ってきた花粉症と思いもかけず縁が切れた。

いつもの年だとくしゃみ、目のかゆみ、発熱などで桜を楽しむどころじゃなかったけど

今年は新聞の桜だよりをチェックして花を追う心を持てるってことがうれしい!

ま、まだ仕事が見つからないってこともおっきいかなぁ。

去年の今頃ではとても想像できなかったあらゆることがこの春はいっぱい。

まさか手術をするとは夢にも思っていなかったし、職を失ったこと、うたのわと出会い、

辞めた一連のこと、花粉症が完治したことも・・・すべて。

一年はあっという間だけどその間に起こることって壮絶なものがあるなぁ。

一年後の私はどんな状況になっているのだろうか。

新しい職を見つけ、新たな出会いがあり、思いもかけない可能性の発見も

あるのかもしれない!

人生って長い・・・

思い出は大切だけど後ろばかりを振り向いててはいけない。

ただ前だけを見据え何かを掴もうとしなきゃ何も変わらない。

桜のように根を伸ばし、葉を茂らせ、豊かな幹となっていつかまた花の時を

迎えられるように・・・

 

今日も桜を追って足を伸ばそうかなぁ。

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花見 その2

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今日は川沿いの道に延々と続く桜並木を散歩してみた。

父が500本くらいあるのかな、とつぶやいたので実際に数えてみた(ヒマ人だ)

260本だった!(ホントに数えたんかぃ!)

多少、葉っぱも出てたけど満開状態で人もほとんどいなくてのんびり歩けた。

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別に文字入れるほどでもないけど・・・・・・笑。

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花見

我が家は夫が地元のお祭りの中老会、長男がその青年部、長女、二男、義母が

それぞれ友達と気ままにお花見に行くので私は毎年実家の両親と一緒に近くの

法多山(はったさん)へ出かける。今年は風邪気味の父を実家に残しての母と

ふたりきりの花見だった。

 

母は賑わう場所が好きなのでわざわざ混み合う日曜日を選んで出かけたため行き交う

人もとても多くちょっと休憩と思ってもなかなか座るところもなく、名物の法多の

おだんごを買い求めるにもチケット販売で並びお団子の受け取り所でも並ぶという

膝痛のある母にはちょっと過酷なのでは?とそればかりが気になっていた。

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法多山 厄除け団子 

 

 

桜の木は年々立派になりその花もそれはそれは見事だけれども両親は確実に年を

重ねているのを感じずにはいられない。

毎年たくさんの写真を撮るのに今年はそういえば写真らしい写真も撮っていなかった。

 

今年は3月に入っても寒い日が続き桜が例年よりも遅れるのかと思いきやいつもの

年と変わらない開花だった。花が咲き始めてからも寒い日があり嵐の日も多かった

せいかどこの桜ももう葉桜気味。

二男は明日高校の入学式。近くに見付天神がありそこの桜並木は地元でも有名な

桜の名所だけどきっともう花は見ごろを終えているんだろうな・・・などと寂しく思う。

やはり日本人の心は入学式=桜満開・・なのだろう。私の幼き日はいつもそうだった

という記憶があるんだけど・・・。

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完走

ここ数日で題詠ブログ2010より拝借したお題を一気に詠みぬいた。

とはいえおそらく誰かを傷つける歌を多く詠み捨てた数日でもあった。

表現の自由というものがあるとはいえこれでいいのだろうかと思いつつ・・・

決して誰かの理解を得ようとか誰かを傷つけようとかそんなんじゃなくただただ心を

ぶちまけてからっぽになりたかった。自分の中では100個めのお題までに何とか

心の中にあるドロドロしたものを吐き出したいという一心だった。

いつまでもそんなものを引きずってはいたくなかったし、新たな気持ちで歩き出す

ためには必要なことだった。

さ、これからはまっすぐ前だけを見据えて笑顔で歌を詠もう!

 

このブログでは全歌が見難いので別ブログにまとめてみた。

といっても文字数の制限があるので半分ずつ2記事に分けての投稿。

 

うたの小箱(←clickしてね!) 

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福(題詠:100)

福来るといわれるような笑みもなく招くといわれる手もないけれど

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イコール(題詠:099)

愛しさと遣る瀬なさとはイコールでどうにもならぬ思ひに涙

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腕(題詠:098)

花月夜いとしき腕に寄り添ひて杯かはす夢などみたき

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換(題詠:097)

巣くってた心の澱を吐き出してそろそろ心は転換のとき

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交差(題詠:096)

交差でも平行線でもない心ゼロの私をあざ笑う君

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黒(題詠:095)

おおらかの象徴である太陽がもつ黒点のごとき暗闇

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底(題詠:094)

真っ暗な涙の淵の底深く光届かぬ思ひ一粒

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全部(題詠:093)

胸の奥しずんだものを浚うように全部吐き出すごときわが歌

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烈(題詠:092)

過ぎし日の烈火のごときわが文は心を深く抉っただらう

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旅(題詠:091)

人生の長き旅路に坂道や茨の道はつきものでしょう

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恐怖(題詠:090)

怪談や絶叫マシンの恐怖よりひとこともなき別れに叫ぶ

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泡(題詠:089)

幾千の言葉もあの夜の夢もみな泡と消えさり春は儚し

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マニキュア(題詠:088)

憧れのマニキュアの指みつめつつ話半分 十五の春は

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麗(題詠:087)

春麗(はるうらら)飲めや歌へや花の舞鳥のさへづり心にうつし

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水たまり(題詠:086)

空うつし涙を受けし水たまり陽に手を引かれ憧れの空

 

ちょっと意味不明な歌・・

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訛(題詠:085)

きときとの遠州訛りで笑い合う十五の子らに未来託さん

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千(題詠:084)

この春の涙の如き桜ばな千々に乱れしわが思ひかな

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孤独(題詠:083)

あの夜のたまらぬ孤独も今はもう苦笑い程の思い出となり

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弾(題詠:082)

君のその文字みただけで弾む声聞こえてくるよ文字っていいね

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シェフ(題詠:081)

それいいね使ってみたいシャトルシェフ一石二鳥の賢いお鍋

 

・・・ありゃぁ~、ただのCMって感じ?!

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夜(題詠:080)

夢みたき夜も眠れぬ夜もあり一途に思ふ懐かしき日々

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第(題詠:079)

五感よりよく働くの第六感なんでもかんでもお見通しなの

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指紋(題詠:078)

ケータイを選ぶ基準はただひとつ指紋が目立つか目立たないかね

 

・・・実話であり、短歌でない(笑

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対(題詠:077)

対岸の火事とみていた日もあれどまさか渦中の人となるとは

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スーパー(題詠:076)

スーパーの駐車場から君の声聞いたあの日の夕日とおなじ

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微(題詠:075)

苦しみの微かな声を聞きのがし ふいに訪(と)ふ日のかなしみ思ふ

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あとがき(題詠:074)

本文も題名さえも決まらずにあとがきばかりに思ひを馳せる

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弁(題詠:073)

弁の立つ君の横顔みつめればなんて貧相なのかと思ふ

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コップ(題詠:072)

あの夏のコップに書いた君の文字その指先がふとよみがへる

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褪(題詠:071)

色褪せぬ夜ごと語りし言の葉に添へらるる君の微笑みだけは

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白衣(題詠:070)

わたしにもあったな白衣を纏ひし日天使と云ふより犯罪だった

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島(題詠:069)

やるせなや取り付く島もなけれども今はひたすら泳ぎつづけん

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怒(題詠:068)

一時の怒りはすでにおさまりて遠き空にぞ光もとめん

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匿名(題詠:067)

匿名で戻っておいでと云ふ友にほろりと甘えてみたくなる夜

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雛(題詠:066)

わが庵を飛び立つ雛のまなじりに強きを見れば涙のみこみ

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骨(題詠:065)

骨張った君のことばに砕かれて心失くしたあの夜も夢

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ふたご(題詠:064)

「ふたご」・・双子じゃなく、ひらがなでふたごだって。

難しいなぁ。

こんなんでもいいのかなぁ?

 

ふたごころ あるやなしやは知らねども 真実なんてひとつじゃないし

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春雨の日に

今日は朝からいったいいくつの歌を詠んだんだろう・・・

ただ無心に・・・

お題からひらめくままに・・・

 

今日の雨は心にやさしい。

私に「詠いなさい」と微笑んでるから。

 

雨の降る日に/オフコース (you tubeより)

↑click

雨が降ると この歌をくちずさむ。

今日は久しぶりにピアノをポロロンしてみよっかな・・・

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仏(題詠:063)

鬼であれ仏のこころ持ちあはす君忘るるな陽のぬくもりを

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ネクタイ(題詠:062)

君がほらネクタイをする職ならば或いは絞めてゐたかもしれぬ

 

・・・おそろし、汗。

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奴(題詠:061)

初夏のほのかな香り身に纏ひ冬日の心で去ってった奴

 

・・・意味わかんない歌(笑

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漫画(題詠:060)

新聞の4コマ漫画みたいにねユーモアあれば掬われたかも

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病(題詠:059)

昔から病は気からと云ふけれど気は強くとも体は病むよ

 

・・・ホントは強くはないのかな。

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脳(題詠:058)

壊れてない私の脳はいつだってこんなにいろんな想ひ描ける

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台所(題詠:057)

台所、主婦の城とか人の云ふ 涙の捨て場所だったりもする

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枯(題詠:056)

バリバリな枯葉のごとき我が心道ゆく人よ踏みしめないで

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アメリカ(題詠:055)

アメリカの道は閉ざされ911おさなき娘の夢もくずれて

 

留学直前に・・・

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戯(題詠:054)

しなやかに枝さき伸びし蔦のつる早緑のゆび風と戯る

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ぽかん(題詠:053)

開いた口ふさがらなくて「ぽかん」しか浮かばなかったあの日の私

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婆(題詠:052)

婆さんになってもこの道手をつなぎ歌など詠ひ歩こう、なんて

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番号(題詠:051)

「51」「番号」で連想されるものは「イチロー」っていうのが一般的かも。

でも野球知らないし・・・

 

そういえば声聞きたいと思っても電話番号削除したっけ

 

え?短歌ですよ・・・ つぶやき、かなぁ・・・

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虹(題詠:050)

虹に目を背けて生きる今だけどいつかはきっと七色の歌

 

・・・ごめんなさい

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袋(題詠:049)

母の日は袋を大事にする日とか給料袋や堪忍袋?

 

・・・死語に近いかも。

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来世(題詠:048)

来世とは宗教用語ある人にあれども無き人いとかなしかり

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蒸(題詠:047)

蒸しあがるシュウマイみたいに真ん丸くほくほくな心取り戻さなきゃ

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じゃんけん(題詠:046)

じゃんけんで鬼と決まったわれ残し蜘蛛の子のごと逃げる友あり

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群(題詠:045)

気まぐれな群雨のごと泣き笑ひ春の憂ひは積もる流るる

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ペット(題詠:044)

夕映えの空いづくより聞こえくるペットの調べ胸を浚ひし

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剥(題詠:043)

執念のごとき澱まで解き剥がす心の春を見つけ出さなきゃ

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学者(題詠:042)

理屈っぽい学者みたいな君の言さらりと風にのせて流さん

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鉛(題詠:041)

春の雨ぴとぴとぴとッと軽くって鉛の心は流れてゆかず

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レンズ(題詠:040)

きみの鼻 魚眼レンズでみるようにふと近づいて春風のキス

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怠(題詠:039)

わたくしの極めて怠惰な日常は何を藁としつかめば抜ける

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空耳(題詠:038)

ゆふべより花散る雨は降りしきり空耳のごと君の声聞く

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奥(題詠:037)

胸の奥しまい込まれた憂鬱は根雪のごとし陽さえ届かぬ

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正義(題詠:036)

正義って何なんでしょうおそらくは少数派には受け入れられず

 

・・・段々誰かみたいな歌になってきたような気がする。

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金(題詠:035)

荒む日をやり過ごすのみ今はただ金言耳に逆らふばかり

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