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2010年1月の投稿

bluemoon

Bluemoon1_4   

          蒼き月と云ふより今宵この月は

                   黄金纏ひて春にほふ月

 

ひと月に二度訪れる満月をブルームーンというそうです。 

今年は今月と3月にブルームーンが訪れます。

我が家にはデジカメがなく、大好きな携帯電話のカメラ機能も

夕べのやわらかな月をうまく写せてはいなかったので

心の眼に焼きつけ、イラストソフトで描いてみました。

いつものように短歌を書き込もうと思ったんですが、

な~んとなく絵は絵のみが良い気がして・・・

 

なんとか使い慣れたこのソフトの試用期間も今日でおしまい。

さて、どうしましょ・・・?思案中なのであります。

 

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今日、犬の散歩中に鳶(とび)が随分と低空飛行で飛んでいました。

きっと何か獲物を捕らえようとしていたのでしょう。

野ネズミ、といったところでしょうね。

気づくと上空へと悠々とあがっていきましたので

おそらくお腹に納めたか、はたまた諦めたか・・・

そんな写真を撮れたらよかったんですが、何せ携帯電話のカメラしか

持っていなくて、鳶かどうかわからないような写真しか撮れないため

またいつものソフトでもって描いてみました。

今日の歌をのせて・・・

Tonbi_2 

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立金花

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昨日の雨にすべてが洗い清められた庭の隅に今朝黄色い花を見つけた。

福寿草かな?と思いながらも丸っこい葉っぱがどうも違うぞ、と思い検索。

「立金花(りゅうきんか)」という名前だと知りツイッターの良き友の庭にも

あるということで、その名で正しいとわかり自信を持ってブログUpで~す♪

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君な忘れそ

Hananohokorobi1_5             ↑click ↑  (使用ソフト:illuststadio   鉛筆にて書く)

   

     冬さへも雪解(ゆきげ)の心もちあはす

                 君な忘れそ花のほころび

 

 

・・・あえて解説なし、と云ふことで。

 

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春めく

今日はまた風も止み、ぽかぽかとした春の陽気。

家族もみんなそれぞれに出払って家に残るは猫たちと私。

するって~と、こんなのどかな歌が口をついてこぼれる。

1  

 

 

春めくや

縁側ひとり

座りをり

ゆく雲ながめ

猫と戯る

 

 

 

 

うたのわにあげてから久しぶりにフォト短歌をと思い、写真に歌を書き出したら

一部変わってしまったけど・・

 

その前にひとつ、ツイッターの友をつぶやきの中で見送りつつ

 

たをやかな指さき描く花や空 舞ひにこめたる想ひぞ深き

 

などとよく知りもせずフラダンスのイメージを詠んでみたりして・・・

 

ツイッターにはうたのわの友が多く、歌だけでは知りえぬその方の日常などが

垣間見られちょっといい感じ。おしゃべり大好きな私はちょっと絡み過ぎだなぁ

などと時折反省しつつ、時には急流の如く流れ行くつぶやきをただただ眺めて

過ごすときもある。

ま、フォト短歌はそんな自分ののんきな姿を描いてみたわけです。

老後の自分を想像しながら・・・。

 

 

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白すみれ

ここのところ、このまま春になるのでは?と思うような4月中旬の陽気が続いた。

そうかと思えば、今日はまた横風の吹き荒ぶ真冬のような日だった。

それでも雨も上がって陽ざしはあたたかだったのでぶらりと散歩に出た。

散歩道はまっすぐ南に伸びていて両側に田んぼが続いている。

その道端にちいさな、真っ白なスミレを見つけた。

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この写真は去年の4月ころに

撮ったものです。

 

 

 

 

 

先日、成人の日に長男の履物を探していたときに下駄箱の最上段からちっちゃな

靴がみつかった。それは、今は28cmの大足に成長した長男が一番最初に履いた

10cmの靴なのです。せっかくなので長男の足元に置いて一緒に写真をとってみた。

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長男は春生まれ。よちよち歩きのころに手をつないで散歩した道に

この白すみれが咲いていて、まだ不器用で指先でつまむことができない

ちっちゃな長男の手がすみれを鷲づかみにしてむしりとり満面の笑みで

私に渡してくれたのだった・・・・・・・・遠い目。

 

君と手をつなぎ歩いたこの道にあの日と同じ花が咲いたよ 

 

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あたたかな雨の朝に

夕べふいに雨音が耳に届き、それまで捻っていた歌は頭の中からさっと流れ去った。

随分と長い時間をかけ、ひらめいたひとつのフレーズに空っぽの引き出しを

開けたり閉めたりしながら言葉をつなげようと走らぬペンを鼻の下にはさみつつ

あ~でもない、こ~でもないと唸っていた。

けれども雨音に洗い流されたお陰か新しい歌が一瞬にしてでき上がった。

  

    小夜更けてふいに降り初(そ)む雨音に

                 夕べの思ひついと流るる   

 

せっかくなので捻りに捻っていた歌などはさっさと忘れ去り、即興の歌をうたのわにUpした。

その出来がどうとかそんなことはどうでもよかった。勢いのままが一番ということで。

うたのわの公開歌の限度数が一日5首のためか、よく私に歌を贈ってくれる方がいて

その方がおっしゃるに

「即詠を目標とすることには意義があり、ひとつの通過点でもある」

とのことで、なるほど贈られた歌にやっとの思いで返した歌に即刻、歌が返される。

その速さには呆れるほどに感心するものの、私にとって即詠は結果であって目指して

なせるものではないだけにそこはまぁ人それぞれという解釈でさらりと通り過ぎる。

 

夕べからの雨はまだ降りつづき、薄暗くしっとりとした朝を演出し、

家族の出払ったこの部屋をいっそう居心地の良い場所にしてくれる。

あたたかな雨・・・ 

まだ寒明けやらぬ朝の冴えをあといく日楽しめるのだろうか。

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心地

先日娘と静岡まで足を伸ばし立ち寄った書店でようやくゲットした与謝野晶子の歌集を

ここのところ読んでいて晶子の使う美しき言葉やその言い回しによりいっそう惹かれて

ゆく。

晶子自選の歌の中に大変目立つ言葉の一つとして「心地」がある。

形は、ここちする、ここちして、~のここちす、~するここちに、ここちこそすれ・・・など。

心地良いという言葉は知ってるけど話し言葉として用いるということはなく、やはり文語に

なるのだろうか。若者はこの言葉を知っているのだろうか?もしや死語?

ここのところ歴女ブームだったり、武士言葉が流行ったりしていてもしかすると

「ここちする」などを含めて若者の間でも使わずとも耳にする機会もあるのかもしれない。

 

思い込みの激しい私でありますからこれを機にYahoo!辞書を引っぱってみた。

《心地》

1.外界からの刺激に対して起こる心の状態。心持ち。気持ち。気分。

 「~よさそうに眠る」「生きた~もしない」

(下接語)居心地、風邪心地、着心地、座り心地、旅心地、寝心地、乗り心地、人心地、

夢心地、夢見心地、酔い心地

(こうしてみると案外普通の会話の中で使っている言葉もあるなぁ・・・)

  ワタクシ的使用例:

  「やっぱうたのわは居心地いいやぁ~」

  「この服、ちっちゃくなっただかいね?着心地悪~ッ」

  「貴方にそんな風に褒められたら夢見心地だわぁ~(ゲッ)」 

 

2.物事に対する心の持ち方。考え。思慮。心構え。

 「まだ若き~に」(源・空蝉)

 

3.気分が悪くなること。病気。

 「~などのむつかしき頃、まことまことしき思ひ人の言ひなぐさめたる」(枕・二六五)

 

4.(「心地する」の形で)・・・のようなありさま、・・・の感じである、という意を表す。

  ようす。けはい。風情。

 「人柄のたをやぎたるに、強き心をしひて加へたれば、なよ竹の~して、

  さすがに折るべくもあらず」(源・帚木)

 

以上、国語辞典:大辞泉より 

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

先日、晶子の真似をしてみようと一首詠んでみた。

 

荒くれる風に声きくここちしてかけ戻るこのまっすぐな道

 

この日は寒くって犬の散歩に出たのはいいけど雪の降り出しそうな「ここちして」

「お~、寒い、寒い」と言いながら犬と一緒に駆け戻ったという日常の切り取り歌でした。

 

自分が過去に詠んだ歌の繰り返しだったり、どこかで耳にした歌の歌詞だったり

読んだ本の心に残るフレーズの引用だったりと私の歌には独自のものがないけど

歌人と呼ばれるには程遠いし、それを目指しているというわけでもなく、時には誰かの

真似であっても過去歌の捻りでもそれはそれでひとつ表現方法なのではないかと

思っている今日この頃なのです。

 

それにしてもどなたかのブログの中に、

「誰かの目に触れる以上、いい感じに詠めたから良い、というものではない。

間違った文法・語法の歌を読むと絶叫したくなる」

といった文章を見つけ、まさに私の歌のことだと確信した。

歌の詠み方は自由だとしてもやはり公開する以上、その場を汚すような言葉や

言い回しは絶対にしてはならないというのが最低のマナーということなのだろう。

 

それでもうたのわを見渡せば地域、年齢、職業、歌の種類などすべての制約や壁がなく、

あらゆるうたが自由に飛び交い多少の誤字脱字があっても多大なる拍手やお気に入り

が降り注がれている。

 

ひとつの物事には人の数だけ考えがあり、同じである必要などまったくない。

その場に自分がどうかかわるかは自由であるし、それを人がどう捉えようと

それもまた自由なのだ。

 

大切なことはいかに自分を表現するか・・・これもまた人それぞれだけど。

「らしい」ということばの捉え方もまたさまざまだと思いつつ、あえて・・・

「私らしい」うたをどんどん歌い上げたい! 晶子のように。 

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卒業

今日は中学のリサイクル活動の日だった。

古新聞、古雑誌、段ボール、古着、アルミ缶などを家々から回収し、決められた場所へ

納めに行くというPTA活動のひとつ。それによって得られた収益金は学校の備品購入など

に充てられるというボランティア活動。

遠州では幼稚園から中学までがその活動をしていて我が家では22歳の娘が幼稚園に

入ったときから続いているので18年やってきたことになる。

途中出産直前以外はすべて子供と二人三脚でやってきた。

18年かぁ・・・よくやったよなぁ、と自分で自分を褒めたい気分。

思えば廃品回収はほんの一部で奉仕作業で草刈りをしたり、交通安全で旗振り当番を

したり、PTA役員を7年連続で引き受けちゃったり、ミニバスの会長をしたり・・・

それも子供の成長とともに徐々に思い荷を背負わされたり、高校進学とともに徐々に

役を終えたりしながら、今日のこの廃品回収でそのすべての活動が終了した。

まだ受験もこれからだけど、息子の卒業式には私もそんなものから卒業できるんだなぁ

などともうすでに感慨深いものがある。

 

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いのち

今日は阪神淡路大震災から15年の日。

数日前からTV、新聞などで目に耳にしていたので家族ともそんな話題があがった。

去年は心臓に持病を抱えながら生まれて初めての手術や父の癌のこともあって

「死」と直面した年だった。

入院生活中にはあらゆる病状の方と話をし、生きるということ、命、家族・・・

そんな大切なことを考えさせられる良い年だったと思う。

15年前、震災で失われた尊い命・・・

先日のハイチでもたくさんの方が命を奪われ、生活の場を失った。

地震だけでなく、戦争もそうだ。いたるところで命の火が消されてゆく。

 

「生きたくも生きられなかった命あり死に急ぐなど言語道断」

 

・・・などと偉そうな歌を詠んだ。

 

人だけではない。生き物すべてといっても良いほどのものたちが、

その多くが天寿全うという形以外で死を迎えているのだ。

戦い、争いとは各々の身を守り、生き抜くすべ・・・なのだろう。

そうして地球全体のバランスというものは保たれているのだとしたら

死は悲しむべきものではなく、むしろ花の一生のように、川の流れのように

風が吹き去るようにただ大自然の一部に過ぎないと考えるべきなのだろうか。

 

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いまだにわからない・・・

夕べ夢を見た。

見たこともない医師と看護師に囲まれ、私は手術台の上だった。

「それでは始めます」

とだけいわれ、なぜかピンクの如雨露の先のようなオモチャめいたものを渡される。

どうやらそのぽつぽつと穴の開いたものを頬にあてると麻酔がかかる仕組み・・・

(わたしは今から一体何の手術をされるのだろう?)

そう思いつつも自分で自分の頬にピンクの物体をあてている。

まもなく麻酔は効き始めるも実にぎこちなく眠りへと堕ち・・

ん?声は聞こえるし、何やら足元で医師が手術らしきことを始めたこともはっきりとわかる。

さっきのは本当に麻酔なのだろうか、でも痛みは感じない。何なんだ・・・

そもそも疑問を放置しないタチの私がどうしてまな板の上の鯉状態で今日の手術が

何のためなのかを尋ねもしないのか、ということこそが最大の疑問。

そんなことを考えるうちにさらに深い眠りへと堕ちたのか、それ以上続きはなかった。

夢って不思議だ。

 

ただそれだけの日記・・・

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梅の花

昨日13日、梅の花の開花宣言が静岡地方気象台が発表したとニュースで聞いた。

「静岡のどこの梅が咲いたって言ってるだ?」

「そりゃ、静岡地方気象台の梅だら!」

「だって熱海梅園はとっくに咲いてるじゃん?今更?って感じだら」

「あそこは特別だで・・・」

「ふ~ん」

我が家にも梅の木はあるけど開花まではまだまだだなぁ、きっと。

 

庭には一年中義母の育ててくれてる花が咲いている。

今一番お気に入りの花は・・・

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これはなんて名前なんだろう・・・

ご覧のとおりつぼみは細くこよりのようにねじれてて

ほどけるように花開くのです。

咲いた花を見てみれば一枚一枚の花びらが重なっている。

この花は夕方また元のように閉じる。

それを繰り返しながらやがてくしゅくしゅっと萎えて落ちる。

そのすべての様子が人生のようで実に美しい・・・

 

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東京備忘録

「一緒に東京いかない?」

去年の暮れに娘から突然降って湧いた東京行きの話。

なんでも今話題の「のだめカンタービレ最終楽章前編」の映画の中で

実際に演奏を担当している「のだめオーケストラ」の演奏を聴きにいかないか?

というもの。そもそも東京の大学に通う友達と一緒に行くつもりで娘がネットで手配した

チケットだったらしく、その友達が行けなくなったから一緒に行こうということで暮れから

その心積もりをしていた。

・・が、当の娘が抜けられない新年会が入っていたことをすっかり忘れてた、とのことで

最初は自分の友人に声を掛けたり、mixiで呼びかけをしたりしていたらしいけど何せ

急なことだったし随分高いチケットなので買い取ってくれる人がいないということ。

で、急遽私に買い取ってほしいとのお願いが・・・。

私にとってはもっと急な話なわけだし浜松のアクトあたりなら友達も誘いやすいけど

何せ東京じゃ交通費まで見なくちゃということになると苦しいし、埼玉時代の友を誘おう!

とさっそくメールしてみた。やはり年明け早々のウィークデーにも難しいものがあった。

ツイッターで呼びかけるもつぶやきサイトにリアルな話はタブーとみえ、あっさりスルー。

そうなると確実にお付き合いいただける方に・・・。

大変急なお願いだったのに二つ返事で引き受けてくださってその懐の深さに

大変感謝しています!

 

あ、ここまで書いてちょっと疲れたので休憩・・

今日は台風並みの強風で虎落笛(もがりぶえ)が聞こえます。

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庭に出てみたら

日陰に雪が降り残って・・ 

 

 

 

 

 

 

空は雪が降ってるから外を見てごらんよ・・と告げてたんだなぁ。

 

話は戻って

「のだめ」は元々我が家の子供たちが好んでみていたTVドラマで私自身は

今回の流れでどっちかというと「仕方なく」、ましてお付き合いいただいた方は

「何がなんだかわかんないけどとりあえず」、しかしながらよりオーケストラを楽しむ

ために話題となってる映画鑑賞から入りましょうということで、私が無理やりお誘いして

「のだめ」漬けの一日となりました(しました)。

以下、のだめについてはあえて語らず、久しぶりの東京についてをひとつふたつ・・・

東京はこの冬一番の冷え込みだと言われたけど私にとっては寒さは微塵も感じなかった。

やはり東京はビル郡に囲まれ人が行き交うところ。吹く風が遠州とは全く違っていた。

遠州の風がストレートだとしたら、東京の風は緩和されあらゆる温度が入り混じった風。

とてもあたたかな街だった。

それにしても街の中には地面も花もなく、超田舎モノの私が住めば呼吸困難になること

は間違いない。

 

けれどもたくさんの再発見があった。

都会の人たちの歩くスピードは噂よりずっとのんびりだったよ。

みんな心にゆとりがあるんだろうなぁ。

電車の中にも意外な光景をみた。

満員電車の中にひとつ席が空いた。競うように誰かが座るだろうと見ていたら、

すぐそばに立っていた女子高生が座りたげな様子。それでも周りに気を配りつつ

誰も座る気配がないことを確認した上でそれでも誰にということなく軽く一礼し

その席に座ったのだった。その様子が実にスマートで暗黙のルールを守って育つ

賢き子の姿を目の当たりにして、都会の人々に心の奥で敬意を評したそんなひとコマ

でありました。

そしてそして都会は思いの外ダサかった。

制服のスカートの下にネズミ色のダボダボズボンを重ねばきする女子高生のダラダラ

歩く姿は、短いスカートで血管の透ける生脚を出して颯爽と自転車で駆け抜ける遠州

の子よりもず~っとダサかったよ。

お、色を一言で言い表せないこのおばさんのジャンパーは私のよりもダサいぞ!

そんな東京ウォッチングは大変おもしろかった♪

そしてそしてブランド品のお店が立ち並ぶビルの中は閑散としていて田舎の散歩道の

方がよほど多くの人に行き交うなぁ・・・ここは本当に大都会の中なのか?などとも。

 

すべて計算された街には多くのひずみが生じ、どこか病んでいるようにも見えた。

田舎は一見住みにくいようにも見えるけど実は一番人に優しいのだろう。

都会&田舎の良いところ再発見の一日でした!

 

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今日ははや七日。

七草粥を食べましょうなどと頻繁に目に、耳にする日ではないでしょうか?

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草

七種とも書きますよね。

漢字で書くと・・・

芹、薺、御形、繁縷、仏の座、菘、蘿蔔・・・とても読めない。

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どれがどれかわかりますか?そんなことにちょっと心を傾けることも素敵! 

 

お正月に暴飲暴食、不規則な食生活をして疲れた消化器系を休めるための

日本の伝統的な行事ともいえるものなのかもしれない。

贅沢な食事におさらばし粗食に戻し家計を助けようという意味合いなどもあるのだろう。

本来は早起きして野に出て摘み取ってくるものなんだろうなぁ。

家族の一年の健康を願って・・なんていう意味もあるらしいけど、我が家の男性軍は

お粥自体に興味がないらしくいつも炊いても食べるのは私と娘だけ。

娘も大津へ戻ってしまったのでツイッターでもつぶやてみたけど今年は洋野菜の

サラダにでもしていつもよりもたっぷり目に野菜を食べさせちゃおうかな、と。

「おい、今日の夕飯は葉っぱだけかい?」

「そう!今年は草食系男子をめざしてみたら?」

などと肉食恐竜たちに言ってみちゃおっかな?笑ッ。

 

お餅にもそろそろ飽きてきたけど11日には鏡開きが待っている。

とはいえここ十数年?鏡餅自体飾ってみたこともないけどね・・・笑。

そもそも鏡餅、鏡開きの「鏡」ってなんだっけ??

・・・調べてみたらそのものずばり「鏡」の形をしているからとのこと。

家族の健康と平和の象徴?とか。なかなか奥は深そうだけど我が家はそれを飾らない

からバラバラ感満載なんだろうか?うん、きっとそうに違いない。

そういえばこの頃めっきり本物の鏡すら見てないなぁ・・・

12日には30年ぶりに東京を歩くし・・少しは鏡でも見て自分の現実に目を向けなければ

いけないなぁ、などとまたとりとめもなく書き連ねてみた。 

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恭賀新年

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新年明けましておめでとうございます

昨年はうたのわとの出会いがあり

たくさんの方とのうたの交流から波及して

数年前から呟いていたツイッターも

随分仲間が増えました。

 

今年も私らしくのんびり俳句、短歌、つぶやき、ブログ更新を楽しんで行きたいと

思っています。

本年もどうぞよろしくお願いします。

 

昨日から今日に掛けて実家へ遊びに行きました。

暮れに途中になっていた父の闘病記録を取材しながら完成させたいと思っていましたが

母より闘病記録を公開することに抵抗があると言われたため断念することにしました。

申し訳ありません・・・

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