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冬晴れの日に

昨日とは打って変わって良いお天気の遠州。

空はどこまでも青く、ちっちゃくて真っ白な飛行機が

ゆっくりと進む様をしばし見つめていた午前でありました。

とはいえ仕事をサボっていたというわけではないのです。

仕事中に外に出ることがあるのでその一瞬を切り取ってみました♪

 

今日は食堂兼会議室がまだ使用中だったため、

自分の事務所でひとりランチタイムであります。

ランチも済んでちょっと日記の更新タイム~。

今から昨日全く歩かなかった分をちょっとでも取り戻すかのごとく

一心に、楽しく歩いてきましょう!

では、また夜に・・・・・

あ、ジュピターさん、コメント返信も夜に致しますね。

ではでは~、いってきま~す!

08.12.17・・・・・2,286歩

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コメント

m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン続きです。
参考になれば幸いです。
季語と季題
季語といい季題というが、それぞれの用語にはそれぞれの拘りがある。NHKのBS放送でも、「季語」という金子兜太と「季題」という稲畑汀子とがしばしば激論を交している。

もともと季語・季題という言葉は江戸時代にはなかった。芭蕉の言葉にも「季節の一つも探り出したらんは 後世によき賜と也」(去来抄)とあり、この「季節」とは季語・季題のこと。その他芭蕉はすべて「季」(季の詞)といっている。

大胆に要約すれば季の題を詠むとする立場が「季題」、それでは季題趣味に陥るとするのが「季語」派である。


切れ
俳諧では、最初に詠まれる発句は後に続ける脇句や平句の動機となる必要がある。そのため発句には、脇句に依存しない完結性が求められた。そこで編み出されたテクニックが「切れ」である。上手く切れた発句は「切れがある」と評価され、重視された。

たとえば有名な芭蕉の句

古池や 蛙飛び込む水の音 芭蕉
では、「古池や」の後で一呼吸、句の流れが切れている。読者はその一瞬の休符の合間に、作者を取り巻く環境や作者の思想・感情・情念・背景などを勝手に想像してしまう仕掛けになっている。このテクニックが「切れ」と呼ばれ、十七文字という限定された語数で、言葉に形と質感を与える効果を持つ。さらに、季語とあいまって句に余韻をかもしだす。

現代の俳句でも「切れ」は重要なテクニックの一つであり、「切れ」のない句は俳句としては評価されない。


切れ字
強制的に句を切るために使われるのが切れ字である。現代の俳句でも使われている切れ字には「かな」「や」「けり」がある。俳句以前の連歌・俳諧の時代には「もがな」「し」「ぞ」「か」「よ」「せ」「れ」「つ」「ぬ」「へ」「ず」「いかに」「じ」「け」「らん」など、先の3個と合わせ、計18種類の助詞、助動詞が使われていた。


切れ字がなくても句は切れる
芭蕉の弟子・去来は『去来抄』の中で、こんな芭蕉の言葉を紹介している。

「切れ字を入れるのは句を切るためである。しかし切れている句というのは切れ字によって切る必要はない。いまだに句が切れている、いないが、わからない初心者のために、あらかじめ切れ字の数を定めているのである。この定め字を入れれば十のうち七八の句は自然に切れる。しかし残りの二三は切れ字を入れても切れないダメ句である、また入れなくても切れるいい句もある。そういう意味では四十七文字すべてが切れ字となりうる」

つまり芭蕉の言いたいことは、切れは句の内容の問題で切れ字があるなしの問題ではないということである。

切れ字がないのに切れている例としては、たとえば

旅に病んで 夢は枯れ野をかけめぐる 芭蕉
がある。「旅に病んで」の後で切れている。


客観写生
この言葉自体は高浜虚子のものであるが、その起源は芭蕉の句までたどることのできる俳句の特徴の1つである。芭蕉の門人・土芳は『三冊子』の中でこれを「見るにつけ、聞くにつけ、作者の感じるままを句に作るところは、すなわち俳諧の誠である」と表現している。江戸時代には客観や写生という言葉こそなかったが俳諧の誠というのは私意や虚偽を排し、対象をよく観察し、傾聴して、そのありさまを十七文字で表現することに全力を傾けるという意味である。

例としては

吹き飛ばす石は 浅間の野分かな 芭蕉
が挙げられる。ここには浅間山に登る芭蕉の感想などは、一切述べられていない。しかし、浅間山に吹く野分の凄さを「石まで吹き飛ばす」と表現することで読者は、荒涼とした風景とともに、こういう表現を選ぶ芭蕉という人物の面白さをもかえって十分に感じることができるのである。


川柳との違い
川柳も俳句と同じく俳諧に起源を持つ五・七・五の定形詩だが俳諧連歌の冒頭の発句が独立した俳句と違い、川柳は付け句(平句)を前句から独立的に鑑賞するようになったもので発句の性格を継承しておらず、そこから俳句と対照的な特徴を有する。

「季語」がない。
「切れ」がない。(一句一姿)
自分の思いをストレートに言い切り、「余韻」を残さない。(穿ち)

技法

注意六条 禁忌八条
水原秋桜子が『俳句の作り方』で提唱した、俳句を作る時に意を注ぐべき六ヶ条と避けるべき八ヶ条。よくまとめられているので、初心者が俳句を作るときに参考にすることができる。


注意六条
俳句を詠むとき、意を注ぐべき六条

詩因を捉える
分量をわきまえる
省略を巧みにする
配合を工夫する
わかる用語を使って
丁寧に詠む

省略
俳句では17文字という限られた音で表現をしなければならないため、不用な言葉の省略が重要視される。体言止めにより動詞や助詞を省略したり、助詞で止めて後に来る動詞を省略したりすることが多い。また、測可能な言葉を省くことにより、余韻を残したり時間的な「間」を表現することにもなる。


禁忌八条
俳句を詠むときで避けるべき八ヶ条(水原秋桜子の見解、特に無季の句に関しては異論もあろう)

無季の句を詠まない
重季の句を詠まない
空想の句を詠まない
や・かなを併用した句を詠まない
字あまりの句を詠まない
感動を露出した句を詠まない
感動を誇張した句を詠まない
模倣の句を詠まない

その他の技法

本歌取り
有名な既存の俳句や短歌などから言葉を流用し、言外に本歌の内容を表現する技法。例えば「見わたせば山もと霞む水無瀬川」から「山もと霞む」を流用し、言外に「水無瀬川」を示すなど。


句またがり
意味的な切れ目を五・七・五の音の切れ目とは異なる場所に持ってくることで、リズムに変化を与える技法。

以上ですが、結論として結社に入っているわけでないので、「俳」の原点に帰り「句」を自由に詠めば良いのですね。Kワールドで、(・∀・)良い事です!

投稿: 緑風 | 2008年12月18日 (木) 19:40

夜に...更新がありませんなぁ(笑)
休憩時間に、ウォーキングできるなんて
いいなぁ♪
 


投稿: 藤紫 | 2008年12月18日 (木) 22:50

緑風さん、こんばんは
金子兜太さんと稲畑汀子さんの番組は私のようなド素人な
者にとっては句の基本が良くわかり、勉強になります。
季語、切れ字など・・よくわかりました。
「~詠まない、~詠まない」といわれてしまうと
ただでさえ句の浮かばぬ空っぽの頭から詠んではいけない
ものを取り除いたら残るものがないですね。

緑風さん、ぜひブログの立ち上げを早急に!

投稿: 恭子 | 2008年12月19日 (金) 23:00

藤紫さん、こんばんは
夕べもまた居眠りでした・・・スンマセン~。
休憩時間は外に出ないと食べているとき以外は
ずっと仕事になってしまうので、それを避ける手段でもあります。
日本人は働きすぎです。休むときは休もう♪

投稿: 恭子 | 2008年12月19日 (金) 23:04

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